甘い罠、秘密にキス

「それにしても伊織らしい部屋だよな」


部屋を見渡した桜佑が、唐突にそう放つ。


「男っぽいって言いたいんでしょ」

「悪く言えばそうだな。でも良く言えばシンプル」

「まぁ物は少ないとは思うけど」


ピンクの物がひとつも見付からないくらいには、物は最小限にしている。勿論、調理器具もかなり少ない。

流行りのドライフラワーどころか、観葉植物も置いていない。カーテンやベッドカバーなどはグレーを基調としていて、かなりシンプルな部屋に仕上がっていると思う。自分で言うのも変な話だけど、女子らしさの欠片もない。


「部屋まで可愛げがなくてすいませんね」

「いや、物は少ない方がいいだろ。引越しの時に楽だし」

「引越しの予定は当分ないけどね」

「俺と一緒に住む気ねえの?」

「あるわけないでしょ」


いつの間にか完食していたらしく、桜佑は悪戯っぽく笑いながら「ごちそうさま」と手を合わす。続けて「次は俺が飯作ろうか?」と言い出したから「次なんてないからね」と釘を刺しておいた。


テーブルを片付けるため、空になった食器を手に持つ。決して成功とは言えない料理だったのに、米粒ひとつ残さず綺麗になっている丼茶碗を見て、不覚にも頬が緩んでしまった。

意地悪な奴だけど、悪い奴ではないのかもしれない。

子供の時には気付けなかったけど、この男の言動の裏側には、少しだけ温もりがあるのかも。

……だから何だって話だけど。

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