甘い罠、秘密にキス
記憶にある中の桜佑とのキスは、これで2回目。前回は唇だったから、今回の方がレベル的には低いはず。それなのに、なぜか心臓が鳴り止まない。桜佑の熱が触れた感覚が、頬にまだ残ってる。
相手は天敵の、あの桜佑なのに。どうしてこんなにも掻き乱されてしまうのだろう。
「あ、そういえば」
何か思い出したように声を発した桜佑は、突然出張用のバッグを漁り始める。
そんな桜佑を見て、どうしてあの男は勝手にキスをしておきながら余裕の表情をしているんだ、なんで大人になってまで桜佑に振り回されなきゃなんないの、と物凄くモヤモヤしてしまった。
「伊織」
「なに」
声を掛けられ、ムッとしながら返事をする私に、桜佑は小さめの紙袋を差し出してくる。
「これ、お土産」
「……え?」
「これを渡しに来たようなもんなのに、飯に気を取られてすっかり忘れてた」
まさかそんな物を用意されているとは思わず、悶々としていたのも忘れ「ご丁寧にどうも」と素直に紙袋を受け取る。躊躇しながらも中を覗くと、長方形の細長い箱が入っていた。
「開けていい?」
桜佑が頷いたのを確認してから箱を取り出し、おずおずと蓋を開ける。と、中から出てきたのはスワロフスキーのキラキラとしたボールペンだった。しかもよく見るとローマ字で私の名前も刻印してある。
「わ、可愛い」
口をついて出た言葉にハッとした。
持ち手が白色の、いかにも“女子”って感じのボールペン。自分では絶対に選ばないようなそれを手にして、思わず見入ってしまう。
ずっとこういうのに憧れていた。でも周りの目を気にして選べなかった。
貰ったものなら、使ってみてもいいだろうか。
「…私が使っても変じゃない?」
「似合うと思ったからそれにしたんだけど。まぁ無理に使えとは言わねえよ」
女らしくらなりたいと言った私のために、桜佑が選んでくれたボールペン。
ずっと私を“男”だと言っていた桜佑が“似合う”と思ってくれたなら、勇気を出して使ってみようかな。