甘い罠、秘密にキス
「ありがたく使わせていただきます」
正直言うと嬉しかった。新しい世界に一歩踏み出せたような感覚に、自然と胸が高鳴る。
けれど、相手が桜佑だと思うと素直に喜べず「でもわざわざ持って来なくたって、明日でも良かったのに」とつい可愛げのない言葉を投げかけてしまう。
皆の前で渡されても困るだけだ。私が川瀬さんなら、きっともっと可愛い反応が出来たのに、こんな自分に呆れてしまう。
「まぁ俺の一番の目的はお前の作った男前定食だったからな」
「あのね、今日はたまたま冷蔵庫に食材がなかっただけで、いつもはもっと彩り豊かな…」
「なら次回に期待しとくわ」
「だから次は……」
こんな高価な物を貰ってしまった手前、“次はない”なんて強く言えなかった。
途中で口を噤んだ私を見て、桜佑がにやりと口角を上げる。
「お前ほんと可愛いな」
「だからそういう冗談はやめてって。今のどこに可愛い要素があったのよ」
てか早く帰らないと仕事出来ないよ。そう続けながら慌てて桜佑に背を向けたのは、不覚にも口元が緩みそうになったから。
“可愛い”という言葉は、何度言われても慣れそうにない。
「んー、やっぱ無理。あと少しだけ」
桜佑の声が耳に届いた直後、突然背後から何かが伸びてきた。それが桜佑の腕だと気付いた矢先、そのまま後ろから抱き締められてしまった。
「ちょ、なにすんの」
「抱き心地やば」
「それ絶対褒めてないでしょ」
どうせ胸はぺちゃんこだし、女子らしいモチモチ感みたいなものはないですよ。
「どう?バックハグとかいうやつ、お前もドキドキする?」
「ハグというより捕獲されてる気分なんだけど」
「んなわけねえだろ。素直になれよ」
「いいから早く帰りなさいよ」
桜佑の腕を無理やり引き剥がすと「ゴリラみたいな力出すんじゃねえよ」と一蹴された。何だかんだ言っても、結局この男の中の私はオスゴリラのままらしい。
「ちゃんと戸締りしろよ。まぁそれだけ力が強ければ襲われても大丈夫だろうけど」
「ご心配なく。さようなら」
お土産の件で一瞬見直したけど、やっぱ嘘。なんとしてでも婚約解消してやるんだから。