甘い罠、秘密にキス
「私が使ってても違和感ない?」
「え、何でですか?似合ってますよ」
こういう日常的に使える物をプレゼントしてもらえるのっていいですよね。そう続けた川瀬さんに「うん、嬉しいよね」と頷いて、ハッとした。
今の、桜佑に聞かれてたらどうしよう。
慌てて桜佑の方に視線を向けると、彼はまだ伊丹マネージャーと談笑中で、思わず安堵の息を吐いた。
「私も新しい文房具欲しくなっちゃいました」
「金曜日、会食の前にロフト寄ってみる?」
「いいんですか?佐倉さんとデート、嬉しいです」
満面の笑みで「やった」と喜ぶ川瀬さんはもはや女神。私が男だったら絶対に惚れてるわーと心の中で呟きながら「楽しみだね」と返事をする。と、
「川瀬ちゃんは今日も元気でいいねぇ。オフィスが明るくなるよ」
楽しい空気を一瞬で凍らせるようなあの人物の声が鼓膜を揺らした。
あの男。それは川瀬さんのことを愛して止まない、あの薄らハゲのことだ。
「…課長、おはようございます。朝から騒がしくてすみません」
「いやいや、元気なのはいいことだよ。みんな川瀬ちゃんの笑顔に癒されてるから安心して」
「とんでもないです。すぐ席に戻って仕事しますね」
鼻の下を伸ばして近付いてくる課長に、川瀬さんは嫌な顔ひとつせず、完璧な笑顔で対応する。それに感心しつつ金曜日の予定をスケジュール帳に記入していると「あれ、佐倉くん」と彼の視線が私に移った。
「今日はやけに可愛らしいペンを使っているんだな。川瀬ちゃんから借りたのか?」
「……いえ」
「え、もしかして佐倉くんの?急に色気づいちゃってどうしたの」
一番に反応するのはこの人だろうとは思ってた。
分かっていたけど、さっき川瀬さんの言葉が自信に繋がっていただけに、かなり気分が悪い。
いつもなら適当に聞き流せるのに、今日はちょっと無理かも。露骨に嫌な顔をしてしまいそう。