甘い罠、秘密にキス
それにしても、男性の間で可愛らしいボールペンが流行ってるなんて、よくそんな嘘を思い付いたものだ。相手が課長じゃなかったらきっと騙せなかった。
そういうところ、ほんと昔から変わらない。ずる賢いというか、無駄に頭の回転が速いというか。
昔の桜佑のガキ大将っぷりを思い出して、思わず笑みが零れる。さっきまで最悪な気分だったのに、桜佑のお陰で課長のことなんてどうでもよくなってしまった。
背の高い桜佑に見下ろされ、おどおどしている課長。もうそろそろ解放してあげるのかと思いきや、桜佑はまた一歩課長に詰め寄る。
不思議に思いながらもその様子を見守っていると、桜佑は突然自分の胸ポケットに手を突っ込んだ。
「実は僕も持ってます。ほら見てください。これでイケメン度アップです」
桜佑がドヤ顔で胸ポケットから出した物を見て、思わず目を見張った。
それは私だけではなかったみたいで、隣にいた川瀬さんも桜佑の手元を見てキョトンとしている。近くで一部始終を見ていた煮区厚さんなんて「あらま」と声を零してニヤニヤしてる。
でも、みんな驚くのも無理はない。だって桜佑が胸ポケットから取り出したのは、私が貰ったボールペンと同じデザインのネイビーバージョンだったから。
明らかに女性物のボールペンを課長の顔の前に突き付ける桜佑は、イケメン度アップどころかむしろ違和感しかない。
「どうです?羨ましいでしょ」
「た、確かに?」
明らかに笑顔が引き攣っている課長に、桜佑は余裕の笑みを浮かべる。
そして再び胸ポケットに手を突っ込むと、今度はまた少し違う形のボールペンを取り出した。そのボールペン、よく見ると桜佑が出張に行っていた場所のご当地ゆるキャラの柄が付いている。
「てことで、これは課長にお土産です」
「え、私に?」
「流行りの可愛いボールペン、課長も是非使ってください」
「お、おお、どうもありがとう」
課長は戸惑いながらもおずおずとそれを受け取る。と、桜佑は最後に「最近ハラスメント発言が問題になってたりするんで、課長も気をつけた方がいいですよ」と薄らハゲの耳元で囁いた。