甘い罠、秘密にキス
買ってきたコーヒーを数口飲み、一息ついたところでもう一度周りに誰もいないことを確認する。
実は、ここへ戻ってきた理由はもうひとつある。
「ねぇ、どうして桜佑もあのボールペンを持ってたの」
静かに話を切り出すと、桜佑は「これのこと?」と胸ポケットから私とお揃いのボールペンを取り出した。
あれからずっと気になっていた。どうして桜佑も同じボールペンを持っているのかを。
「男性が可愛らしい物を持つのが流行ってるなんて嘘でしょ。なのにどうして…」
実はあのあと、一連の流れを見ていた川瀬さんや煮区厚さんが、私達がお揃いの物を持っていることに敏感に反応して大変だった。
川瀬さんは「そのボールペンは日向リーダーから貰った物なんですか?」と聞いてくるし、煮区厚さんは「あなた達、一体どういう関係なの?」とずっとニヤニヤしているし。
お揃いの物を持っているだけでなく、桜佑が私を庇ったことにより、私達が親密な関係なんじゃないかって何度も疑われて誤魔化すのにかなり手こずった。
たまたま同じ物を持っていただけだと言い続けていたら、最終的には納得してくれたみたいだけど。
一方的ではあるけれど、一応私達の関係には“婚約者”という名前がついている。そのことがバレたらどうしようかと、内心かなりヒヤヒヤした。
「別に俺ら婚約してんだから、お揃いの物がひとつやふたつあってもおかしくないだろ」
「真面目に答えて」
すぐにはぐらかそうとする桜佑に、ピシャリと言い切る。すると桜佑は、私を一瞥したあとコーヒーをひと口飲み込み、ゆっくりと口を開いた。
「俺は、お前がこういう女っぽいものを持ってるとこ、見たことがない」
「……え、なに急に。それと何の関係が…」
突然何の脈絡のない話をしだす桜佑に、思わず怪訝な目を向ける。するとすかさず「いいから聞け」と言われ、口を噤んだ。