甘い罠、秘密にキス
05.トラウマにキス
(川瀬さん、もう来てるかな)
金曜日。今日は川瀬さんとE社との会食に出席する日。
けれどその会食の前にロフトへ行く約束をしていた私達は、定時の30分後にお店の前で待ち合わせをしていた。
本当は会社から一緒に向かうつもりだったけれど、急遽午後から外出する予定が入り、出先から直接ここへ来ることになった。
急いで待ち合わせ場所に向かいながら、腕時計を確認する。何とか待ち合わせ時間に間に合いそうだ。
(あ、いた)
待ち合わせ場所、こちらに背を向けて立っている川瀬さんが見えた。
急いで彼女のそばへ駆け寄ろうとした直後、見知らぬ男2人組が川瀬さんの目の前で足を止めた。
「お姉さん、いまひとり?」
「ヒマしてるなら俺らと遊ぼうよ」
ありきたりな台詞が、微かに耳に届く。どうやら彼らは川瀬さんをナンパしているらしく「勿論俺らの奢りで」と軽い口調で話を進める。
けれど川瀬さんはナンパされることに慣れているのか、スマホに視線を向けたまま完全スルー。それでも彼らは怯むことなく「どこ行く?」と声を掛け続ける。
「お待たせ」
後ろから川瀬さんの肩をぽんと叩き「遅くなってごめん」と続けると、振り向いた川瀬さんは「いいえ、全然」と笑顔で首を横に振った。
そんな私達のやり取りを見ていた2人組が「なんだ、彼氏持ちかよ」と渋々踵を返す。その間際、片方の男に思い切り睨まれて、とても胸糞悪くなった。
「また男と間違えられちゃった」
仕事着はパンツスタイルではあるけれど、よく見れば女性物と分かるはずなのに、やはり男性に見られてしまった。コートが黒だからいけないのだろうか。
まぁ身長もあまり彼らと変わらなかったし、極めつけはこのハスキーボイス。これでは間違えられても無理はないけれど。
「でも佐倉さんの方がさっきの男達より何億倍もカッコイイです」
「ありがとう…って、それより大丈夫?あいつらに何もされてない?」
「はい、佐倉さんが正義のヒーローのようにすぐ来てくださったので助かりました」
いくらナンパに慣れていると言っても、変な男達に絡まれて怖かっただろうに。屈託のない笑みで「ありがとうございます」と続ける彼女は本当に天使みたいだ。声を掛けたくなる気持ちがよく分かる。
まぁ私も、女性からのナンパなら何度か経験があるんだけどね。