甘い罠、秘密にキス
「──あ、これ可愛い」
そう言って目を細める川瀬さんを見て、安堵の息を吐く。どうやらさっきのナンパのことは引きずっていないみたいで安心した。
「ほんとだ、川瀬さんっぽくていいね」
「佐倉さんがそう言ってくれるなら買っちゃおうかな」
ロフトの文房具コーナーで川瀬さんが手にするのは、どれもオシャレな物ばかり。常にトレンドを押さえている彼女は、新商品を見つけては「これインスタで見たやつだ」と零す。
トレンドに疎い私は、川瀬さんの後ろをついて歩き時折相槌を打つだけ。彼女の持っている情報量に感心しっぱなしだ。
「このくすみカラーのペンも欲しいんですよねー」
「使いやすそうだね。私も買おうかな」
「ほんとですか?では是非お揃いにしましょう!」
「うん、いいよ」
“お揃い”という言葉を聞いて、ついあのボールペンのことを思い出してしまった。
あの日約束した通り、桜祐はこの数日間お揃いのボールペンを会社に持ってきていない。そのお陰で川瀬さん達からも私達の関係を怪しまれることはなくなった。
桜祐が釘を刺してくれたからか、あれから課長が何か言ってくることもないし、皆の前で使うことにもだいぶ慣れてきた。
だけどふいに、桜祐とお揃いだと思うとくすぐったくなる時がある。
川瀬さんとお揃いの物を持つのはワクワクするのに、桜祐とお揃いだと思うと落ち着かないのはなぜだろう。
「川瀬さん、そろそろ向かった方がいいかも」
「そうですね」
腕時計を確認すれば、E社との待ち合わせ時間が迫っていた。
お会計を済ませ、待ち合わせ場所に向かう途中にスマホを確認する。と、1件の新着メッセージが届いていて、そのままアプリを開くと相手の名前が“日向 桜祐”になっていた。
不意をつかれ、思わず心臓がドキリと跳ねる。
“記憶なくなるまで飲むんじゃねーぞ”
何事かと思えば、届いていたのはその一言。
大きなお世話だ。もう二度とあんな失態は犯さないんだから。
そういえば桜祐も、今晩は男性部下を数人引き連れて飲みに行くと言っていたっけ。
“そう言うあんたも潰されないようにね”
皮肉たっぷりに返すと、“任せろ”とすぐに自信たっぷりの返事が来た。桜祐らしい言葉に、思わず頬が緩んだ。