甘い罠、秘密にキス



「佐倉さん、いつも送っていただいて本当にありがとうございます」

「いえいえ。ほら、彼氏さん待ってるから早く行きな」

「はい、お疲れ様でした。失礼します」


時刻は22時。E社との会食は無事に終わり、近くのコンビで待っていた川瀬さんの彼氏のところへ、彼女を送り届ける。いつも川瀬さんを迎えに来る彼氏はいつ見てもイケメンで、ふたり並ぶと絵になって本当にお似合いだ。

小さく手を振る私に、ふたりはペコッと頭を下げてから踵を返す。彼は愛想もよく、川瀬さんのことを大事にしているのが伝わってくる。誰もが羨む理想のカップルに、思わず笑みが零れた。


ふたりの背中が見えなくなり、私も駅へ向かう。金曜日の夜だけあって、私の他にも人がチラホラと歩いている。

それにしても、E社の社長は今日も優しくて、考え方も勉強になるしとても楽しい飲み会だった。お酒は2杯に抑えたけど、今かなり気分がいい。


“終わった?”


酔いを覚ますため、のんびり歩きながらスマホを見ると、桜祐からメッセージが届いていることに気付いた。受信時刻は15分前になっている。


“さっき終わったよ。これから帰るとこ”


珍しく頻繁にメッセージを送ってくる桜祐に素直に返してしまうのは、今はとても気分がいいから。

けれど、“桜祐は終わったの?”と続けて送信したあと、ハッとした。

まるでカップルみたいなやり取りに、慌てて送信を取り消そうとしたけれど時既に遅し。すぐに既読がついて、返ってきたのは“俺はまだ”の一言。

飲み会を邪魔するのも悪いから、返信はせずにメッセージアプリを閉じた。


(ダメダメ。すぐに流されるのは、私の悪いところだぞ)


スマホをバッグにしまい、俯き気味に歩を進める。とその時、私の目の前で「あれ」と声を発しながら誰かが足を止めたのが分かった。


「お前、さっきの男じゃね?」


釣られて足を止めた私がゆっくりと視線を上げると、見覚えのある男2人組と視線が重なり、思わず息を呑んだ。

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