甘い罠、秘密にキス
声を掛けてきたのは、数時間前に川瀬さんをナンパしたあの2人組だった。あれから一度もナンパに成功しなかったのか、彼らが他の女性を引き連れている様子はない。
先程と同じように、片方の男は明らかにこちらを睨んでいて、私と同じくらいの身長だけど上から見下ろすように鋭い視線を向けてくる。
せっかくいい気分だったのに、厄介な人に遭遇してしまった。
「さっきの子は一緒じゃねえの?」
そう放ちながら一歩詰め寄ってきた男の足元が、微かにふらついた。呂律も回っていないし、明らかに酔っ払っているのが分かる。
酔っ払いに絡まれることほど面倒なものはないし、今は川瀬さんもいないため相手にしないのが正解だと判断した私は、返事をせず彼らの横を通り過ぎようとした。
けれど、「無視かよ」とすかさず伸びてきた手に肩を掴まれ、呆気なく制されてしまった。
その力が思いの外強くて、思わず「いたっ」と声が漏れた。その手を咄嗟に振り払おうとすれば、今度は腕を掴まれてしまった。
こんな見た目だけど、やっぱり男の人の力には勝てない。しかも相手は酔っているからか、力の加減がおかしい。痣が出来るんじゃないかってくらい強い力で掴まれて、さすがに焦りを覚えた。
こういう時に限って周りに人がいない。あと少しで駅に着くのに…。
「なんだお前、思ったより細くね?」
腕を掴んでいる男がそう放つと、隣の男が私の足元を見て「あれ」と零した。
「その靴、女物じゃん。お前もしかして女?」
気付くの遅いわ。と言ってやりたいけれど、今は寧ろバレない方が良かったのかもしれない。
腕を掴んでいる男の口角が微かに上がったのを、私は見逃さなかった。