甘い罠、秘密にキス

「でもこいつ、意外と綺麗な顔してんぞ」

「マジ?」


顔を覗き込まれ、咄嗟に顔を背けた。今更そんな言葉をもらっても、嬉しくも何ともない。寧ろ吐き気がする。

こんな男達に抱かれるくらいなら、まだ殴られた方がマシだ。いっそこのままここで暴れてやろうか。それとも大声で叫んだら、誰か助けに来てくれるかな。


「この辺どっかホテルあったっけ」

「ホテルなんか行かなくてもよくね?その辺の人が来ない場所で充分だろ」


最低な会話を続ける男達を横目に、息を大きく吸い込む。

そして空いている方の手で遠くを指さすと、急に動いた私に驚いたのか、ふたりの肩が同時に揺れた。


「警察だ!助けてください!」


意を決して、これでもかと言うくらい大きな声で叫ぶと、静かな街に私のハスキーボイスが響いた。

警察なんて嘘。寧ろ誰もいない。けれど、完全に騙されている酔っ払いふたりは「は?!」と声を発しながら私が指さした方へ視線を向ける。その瞬間、私の腕を掴む力が緩んだのが分かり、すかさず男の手を振りほどいた。

その隙に男達の間をすり抜け、全力で逃げる。
後ろから「おい待てコラ!」と怒りの孕んだ低い声が聞こえてきたけれど、そのまま駅に向かって走り続けた。










なんとか駅の前まで逃げ切れたけど、気が緩んだのかなんなのか、さっきから勝手に涙が出てきて止まらない。息が切れて、軽く動悸がする。

こんな顔で駅に入るわけにもいかなくて、一旦駅の外のひとけのない場所に身を隠した。腰が抜けたのか、ずるずるとその場に座り込む。

早く帰りたい。だけど、時折聞こえてくる足音が怖い。もしアイツらだったら?どこかで待ち伏せされてたらどうしよう。

そう思うと、自然と足が竦んでしまう。視界が滲んで、息が苦しくなる。


「…桜祐」


零れ落ちるように出たのは、あの男の名前だった。

こういう時、警察に助けを求めるべきなのかもしれないけれど。いま私の頭の中は、やっぱり桜祐でいっぱいだった。


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