甘い罠、秘密にキス
大きな背中に自然と手を回していた。縋るようにその胸に顔を埋めると、更に強く抱き締められた。
桜佑のぬくもりと匂いで、波打っていた心臓は徐々に穏やかになり、身体の力が抜けていく。鼻を啜ると、優しく頭を撫でられた。
耳元で囁くように「伊織」と名前を呼ばれ、今にも消え入りそうな声で「桜佑」と返事をすると、また更に桜佑が力を込めるから、さすがに息苦しくて思わず身を捩った。
やっと力を緩めてくれた桜佑は、そのまま覗き込むように私を見つめる。至近距離で視線が絡まり、涙が目尻に溜まっていることに気付いた桜佑は、それをそっと指で拭った。
「なんでこんな隠れるように小さくなってんだよ。見付けるの結構苦労したんだけど」
「…ごめ、」
「こんな真っ暗なとこで心細かったろ。遅くなって悪かった」
素直に謝罪をする桜佑は、未だに少し息が上がっている。急いでここへ駆け付けてくれたのが分かる。
遅くなんかないよ。桜佑が電話を繋いでいてくれたお陰で、ひとりの時間はあっという間に感じた。とても心強かった。
「てかお前、体冷えすぎ」
いつからここにいるんだよ、風邪引くぞ。そう続けた桜佑は、両手を私の頬に添える。その手はやけにあったかくて、その温もりにまた目に涙が浮かんだ。
再び涙目になる私を見て、桜佑が心配そうに眉を下げる。
「何があった?怪我は?」
桜佑の問いかけに、力なく首を横に振る。本当は少し腕が痛むけど、もうそんなことはどうでも良かった。
「ちょっと、酔っ払いに絡まれちゃって…」
時間にすれば、ほんの数分。わざわざ桜佑をこんなところに呼び出すなんて大袈裟だったかもしれないと、今更になって思う。
だけどあの時、あいつらに絡まれている時間はとても長く感じた。男と女の力の差を見せつけられ、相手がふたりというのもあって恐怖しかなかった。