甘い罠、秘密にキス



桜佑の部屋に来るのは、これで二度目だ。だけどあの時は二日酔いに加えて婚約の衝撃が強すぎたから、他の記憶はあまり残っていなかった。

改めて来て思ったのは、桜佑の部屋は私の部屋の何倍も“シンプル”という言葉が似合っているということ。社宅だけあって間取りも一般的な1Kだし、とにかく物が少ない。

越してきたばかりというのもあるかもしれないけれど、ベッドとテーブル、パソコンという必要最低限の物だけ揃えてある。

だけどキッチンには調味料がしっかり置いてあって、桜佑の生活力の高さに思わず感心してしまった。


「適当に座っといて」


桜佑に部屋で待っているよう促され、とりあえずラグの上にちょこんと腰を下ろす。ぐるりと部屋を見渡し、ゼクシィがどこにも置いていないことを確認した私は、ほっと胸を撫で下ろした。


「はい、とりあえずコーヒー」

「…ありがとう」

「あとこれはタオルと着替えな。いま風呂にお湯をためてるから、コーヒー飲んだら入ってこいよ」


どうやらお泊まりは決定しているらしい。桜佑は私にバスタオルとスウェットの上下を渡しながら「俺の服だからデカいと思うけど文句言うなよ」と続けた。

なにこの手際の良さ。前回私の服を洗濯してくれた時も思ったけど、怖いくらい気が利く。

おまけに「一緒に入るか?」と冗談を飛ばす余裕まである。私はこの部屋に入ってから、緊張で指先が冷たくなっているというのに。

桜佑を意識し過ぎて、心臓がバクバクと激しく音を立てている。
どうしよう、コーヒーをひと口飲んでみたけど味がしない。お風呂に入ったら少しは落ち着くだろうか。

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