甘い罠、秘密にキス
「…無理やり押し倒さないの?」
控えめに尋ねると「はぁ?」とため息混じりの声が落とされた。
「好きな女を一方的に抱くほど鬼じゃねえよ」
好きな女というワードに、ドキッと心臓が跳ねたと同時、その言葉より更に気になる台詞が耳に届いた。桜佑の胸からそっと顔を離し、上目がちに彼を捉える。
「でも私達、1回してるよね?記憶がない時にやる方がよほど一方的だと思うけど…」
あの日桜佑は酔い潰れた私を抱いただけでなく、無理やり婚約までしたくせに。そっちの方がどう考えたって鬼なのに、平然と紳士的な言葉を放つ桜佑に、疑問を抱く。
すかさず指摘すると、桜佑は一瞬驚いた表情を見せた。そのあと何か考えるように「あー…」と呟くと、気まずそうに口を開いた。
「そういえば、お前に本当のこと言ってなかったな」
「…え?」
「残念ながら、あの日は何もしてねえぞ」
「…え??」
嘘でしょ。絶対に騙されないぞ。だってあの時、桜佑は“婚約者が同じベッドの上にいてやる事なんてひとつしかねえだろ”って言った。
そんなのセックスしたとしか思えないじゃないか。もし私の勘違いだったのなら、めちゃくちゃ恥ずかしいんだけど。
「そんなわけ…だって私、下着しか身につけてなかったよ?」
「お前が帰りに吐いて、そん時に少し服が汚れたんだよ。俺はそれを洗濯しただけ」
「んな…っ?!」
衝撃の真実に、サーッと青ざめる。
待って無理、ほんと最悪。
てことはなんだ、私は桜佑に襲われたのではなく、介抱してもらっただけってこと?
目の前で失態を晒しただけでなく、家まで運んでもらって、ふかふかの布団で眠らせてもらって、ご丁寧に洗濯までしていただいて。
なのに私、婚約の話に気を取られ、お礼のひとつも言えなかった気がする…。