結婚しないために婚約したのに、契約相手に懐かれた件について。〜契約満了後は速やかに婚約破棄願います〜
「ベル、まだ怒ってるの? そもそも俺だけが悪いんだろうか?」

「別に。ルキ様は私の事を全く信用していないのだなと思っただけです。怒るというより呆れております」

 誤解が解けたあとも敬語のままで他人行儀に対応するベルに、怒ってるじゃんとルキはため息を漏らす。

「頬が腫れてますし、先に帰ってくださって結構ですよ」

「さっき思いっきりヒトの顔面殴った本人がいう?」

「殴ってません。平手打ちしただけです。気持ち的には鳩尾に蹴りも入れたかったです」

 淡々と話しながら、お目当ての布を見つけたベルは、コレ可愛いと目を輝かせる。

「お義姉さんが妊娠したなら、最初からそう言ってくれたら良かったのに」

 主語がないベルにも非があると思うというルキの眼前にピッと裁ち鋏を突きつけたベルは、

「まさか、お付き合い1月足らずで不貞を疑われるとは思いませんでした。非常に不愉快です」

 とはっきり物申す。

「その点については、本当に申し訳ありませんでした」

 裁ち鋏を突きつけられたままうぅっと困った顔で、何度目か分からない謝罪をするルキは、

「ベル、どうしたら許してくれる?」

 しゅんっとした声でそう聞いた。
 裁ち鋏を元の場所に戻したベルは購入を決めた布を数点持つと、

「とりあえず会計してきます」

 ルキを放置して会計に行ってしまった。

 会計から戻るとルキの姿は見当たらず、ベルは外に出る。ルキの周りには人だかりができやすいし、目立つのですぐ見つけられると思ったのだが、彼はいない。
 本当に帰ったかなと思ったベルは、それ以上気に止めることなく屋敷方面に向かって歩き出す。
 街の風景はどこもかしこも秋色に染まっていて、少しだけ苦い思いが込み上げる。
 ルキが勘違いを謝ってくれた時点でいいよと流せばよかったし、いつも通りルキの事を揶揄うように接すれば良かったのに、なぜか今日は上手くいかない。
 そんな風に上手く感情のコントロールが効かない日がある。それは子どもの時から変わらずそうで、秋口になると自分ではどうしようもなくそうなってしまうのだった。

「……ミルクティーでも飲んで落ち着いてから帰ろうかな」

 ふと気づけば本日のルキとの待ち合わせ場所に戻っていて、店先のコスモスが目に入る。
 秋、なのだ。
 そして、もうすぐ冬がやってくる。

「……行きたい、な」

「ベル、どこかに行きたいの?」

 ぽつりと漏らした独り言に返事があるなんて思ってなくて、ベルは驚いたように振り返る。
 そこには少し息を切らせた様子のルキがいて、

「ベル、店にいてよ。探しただろ」

 と文句を言った。
< 105 / 195 >

この作品をシェア

pagetop