結婚しないために婚約したのに、契約相手に懐かれた件について。〜契約満了後は速やかに婚約破棄願います〜
「災害と疫病対策、随分力入れてるんだな」
「……昔、ね。オレン熱が大流行した事があって」
オレン熱とは、冬になると流行る感染症だ。特に小さな子どもや体力のない高齢者は重症化しやすく、高熱と止まらない咳に衰弱していき、最悪死亡する。
「その頃のストラル領は、今よりずっと貧しくて、その時の領主……先代ストラル伯爵はなんの対策もしてなくて、たくさんの人が亡くなったの。……私の、ママもその時に」
ベルは淡々と何でもない事のように言葉を紡ぐ。
「オレン熱って定期的に流行るじゃない? アレ特効薬ないし、予防対策が一番大事なの」
それは繰り返された歴史の中で、確立された病への対抗策。
「しっかり食べて、寝て、体力つけていれば罹りにくいし、罹っても治る可能性が高い」
そう、この病気は治るのだ。
「感染者が出ても隔離して、患者が衰弱しないように対処療法を実施しながら、他の人にうつらない対策を取れば別に怖い病気じゃないの」
それは、王都なら子どもでも知っている常識だ。
「でも、この領地はそんな当たり前のことすらしてこなかった」
その結果がどうなったか、ベルは身をもって知っている。
何でもないわけがない。
ただ、淡々としか話せないのだと色を無くしたベルの表情を見ながらルキは思う。
その感情の落とし所を見つけられないまま、ベルは今ここにいるのだ。
何と声をかければいいのか分からずにルキはただ黙ったまま、立ち上がってベルの側に近づくと彼女のことを引き寄せる。
「……ルキ?」
弱々しく名前を呼んだベルのことをぎゅっと抱きしめて、
「こんな時の適切な言葉が俺には分からない。ベルが嫌なら、すぐ離れるから」
まるで子どもを慰めるみたいに優しく背を叩き、ベルのチョコレートブラウンの髪を撫でる。
「……ちょっとだけ、このままで」
ベルは、ああこの人は"お兄さん"なんだなと思いながら、目を閉じてルキに寄りかかる。
髪を優しく撫でる手つきに心地よさを感じながら今ここにルキがいてくれて良かったと静かに感謝した。
少し時間をおいて、もう平気とルキから離れたベルは、
「さてっとノルマ終わったし、遊びに行こうか? ルキ」
パチンと手を叩いてそう提案した。
この話はここまでとばかりに切り替えたように笑うベルに、
「遊びに?」
とルキは聞き返す。
「領地案内するって、言ったでしょ」
全域は無理だから伯爵邸周辺の町だけだけど、といってベルはクローゼットから着替えを取り出しルキに差し出した。
「この格好……は?」
「うーん。一番地味なの選んだのに、ルキの容姿だと何着てもルキはルキって感じだね」
兄のだけどと差し出されたのはシンプルな白のカッターシャツとスラックス。サイズは問題ないのだが、この格好は一体なんだと首を傾げる。
「ふふ、ルキは一応お忍びだからね。って、いっても町の人達はみんな私のこと知ってるんだけど」
散策よと言ったベルの格好もいつもより随分ラフな服装で、シンプルなチュニックにパンツスタイルでスニーカーを履いている。
その様はとても貴族令嬢には見えず、ただの町娘のようだ。
「それ、お兄様のだし、思いっきり汚しちゃっていいから」
なんなら破いてもいいと言うベルに、
「他人の服汚したり破いたらダメだろ」
とルキは苦笑する。
「大丈夫よー汚れたら洗うし破いたら繕うから」
そう言ってベルは、
「うちの領地も良いところいっぱいあるのよ?」
見せてあげると楽しそうに笑って、
「お手をどうぞ、王子様?」
いつもの口調でルキに手を差し出した。
「……昔、ね。オレン熱が大流行した事があって」
オレン熱とは、冬になると流行る感染症だ。特に小さな子どもや体力のない高齢者は重症化しやすく、高熱と止まらない咳に衰弱していき、最悪死亡する。
「その頃のストラル領は、今よりずっと貧しくて、その時の領主……先代ストラル伯爵はなんの対策もしてなくて、たくさんの人が亡くなったの。……私の、ママもその時に」
ベルは淡々と何でもない事のように言葉を紡ぐ。
「オレン熱って定期的に流行るじゃない? アレ特効薬ないし、予防対策が一番大事なの」
それは繰り返された歴史の中で、確立された病への対抗策。
「しっかり食べて、寝て、体力つけていれば罹りにくいし、罹っても治る可能性が高い」
そう、この病気は治るのだ。
「感染者が出ても隔離して、患者が衰弱しないように対処療法を実施しながら、他の人にうつらない対策を取れば別に怖い病気じゃないの」
それは、王都なら子どもでも知っている常識だ。
「でも、この領地はそんな当たり前のことすらしてこなかった」
その結果がどうなったか、ベルは身をもって知っている。
何でもないわけがない。
ただ、淡々としか話せないのだと色を無くしたベルの表情を見ながらルキは思う。
その感情の落とし所を見つけられないまま、ベルは今ここにいるのだ。
何と声をかければいいのか分からずにルキはただ黙ったまま、立ち上がってベルの側に近づくと彼女のことを引き寄せる。
「……ルキ?」
弱々しく名前を呼んだベルのことをぎゅっと抱きしめて、
「こんな時の適切な言葉が俺には分からない。ベルが嫌なら、すぐ離れるから」
まるで子どもを慰めるみたいに優しく背を叩き、ベルのチョコレートブラウンの髪を撫でる。
「……ちょっとだけ、このままで」
ベルは、ああこの人は"お兄さん"なんだなと思いながら、目を閉じてルキに寄りかかる。
髪を優しく撫でる手つきに心地よさを感じながら今ここにルキがいてくれて良かったと静かに感謝した。
少し時間をおいて、もう平気とルキから離れたベルは、
「さてっとノルマ終わったし、遊びに行こうか? ルキ」
パチンと手を叩いてそう提案した。
この話はここまでとばかりに切り替えたように笑うベルに、
「遊びに?」
とルキは聞き返す。
「領地案内するって、言ったでしょ」
全域は無理だから伯爵邸周辺の町だけだけど、といってベルはクローゼットから着替えを取り出しルキに差し出した。
「この格好……は?」
「うーん。一番地味なの選んだのに、ルキの容姿だと何着てもルキはルキって感じだね」
兄のだけどと差し出されたのはシンプルな白のカッターシャツとスラックス。サイズは問題ないのだが、この格好は一体なんだと首を傾げる。
「ふふ、ルキは一応お忍びだからね。って、いっても町の人達はみんな私のこと知ってるんだけど」
散策よと言ったベルの格好もいつもより随分ラフな服装で、シンプルなチュニックにパンツスタイルでスニーカーを履いている。
その様はとても貴族令嬢には見えず、ただの町娘のようだ。
「それ、お兄様のだし、思いっきり汚しちゃっていいから」
なんなら破いてもいいと言うベルに、
「他人の服汚したり破いたらダメだろ」
とルキは苦笑する。
「大丈夫よー汚れたら洗うし破いたら繕うから」
そう言ってベルは、
「うちの領地も良いところいっぱいあるのよ?」
見せてあげると楽しそうに笑って、
「お手をどうぞ、王子様?」
いつもの口調でルキに手を差し出した。