結婚しないために婚約したのに、契約相手に懐かれた件について。〜契約満了後は速やかに婚約破棄願います〜
 町人はみんなベルのことを知っていると言ったのは嘘ではなかったのだと、ルキは町外れの農園に着いてものの数分で実感した。

「ベルちゃん、戻ってたのかい?」

「今年は帰って来ないのかと思ってた」

 ベルを見つけた人達は、あっという間に彼女の周りにやって来る。

「おじさん達、こんにちは!」

 貴族と庶民のやり取りとはとても思えないほどの気易さなのだが、ベルも町人達も気にした様子はなく、ここではそれが普通らしかった。

「ところで、その後ろの男前は誰だい?」

 そう聞かれたベルはイタズラっぽくにこっと笑って、

「んーいい人」

 とルキの腕を引っ張る。

「……いい人って」

「何でルキが照れてるの?」

 ベルが冗談めかしてそんな事をいうものだから、あっという間に人だかりが増えベルに真相を聞こうとする。
 だが、ベルは笑って内緒というだけでそれ以上答えず、

「今年の芋の出来はどう?」

 と世間話のように尋ねる。

「上々だよ! 今年の冬も、飢えることはないかな」

 みんなガヤガヤと今年の収穫の成果について自慢げに語り、ベルはそれを嬉しそうに聞きながら、良かったとほっとしたようにつぶやいた。

「これも全部伯爵様のおかげだよ」

 そう言ってベルに芋の入った紙袋を差し出す。

「わぁ、こんなにいっぱいいいの?」

「持って行ってくださいな。伯爵家の皆さまによろしく!」

「ありがとう! あ、そうだ。オレン熱の注意喚起をしたいんだけど」

 そう言ってベルは分かりやすく大きな絵の入ったポスターを渡す。

「手洗い、うがいも大事だからね!」

 行く先々でベルはそんな風にオレン熱の注意喚起や予防のためのポスターを配る。
 ベルは手が汚れるのも服が汚れるのも構わずに人の生活に入っていくし、世間話をしながら困っている事などに耳を傾ける。
 ベルが話しかけるたびに町人たちは自慢げに今の状況を語り、そしてあれもこれも持っていけとばかりにベルに食べ物を差し出す。
 規模が違いすぎるブルーノ公爵領では難しい視察の仕方だなと思いながら、ルキはベルの後を静かについていった。
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