結婚しないために婚約したのに、契約相手に懐かれた件について。〜契約満了後は速やかに婚約破棄願います〜
「ルキ、ついてきてくれてありがとうね」

 急にベルは真剣な声でそんな事を口にする。

「ルキが行こうって言ってくれなかったら、きっと今年私はここに来なかった」

 驚いてベルの方を見れば、

「さっきも、その……話聞いてくれて、嬉し……かった」

 ルキのほうを見ずチョコレートブラウンの髪を耳にかけながらそんな事を言うベルを見て、ルキは自然と笑みを浮かべる。
 ベルが珍しく照れている。それも、自分と視線を合わせられないくらいに。
 そんなベルの自分にくれる反応が嬉しくて、彼女の事がどうしようもなく可愛く思えて。
 早くなったまま元に戻らない心音を聞きながら、ルキは思う。
 はっきり言葉にできなかっただけで、答えはもう出ていたんだと。

「な、何?」

 目を逸らさずじっと見てくる濃紺の瞳にたじろぐように、ベルは訝しげな視線と共にそう尋ねる。

「ベルって、照れたとき耳触るよね」

「へっ? そう、だっけ?」

 大きく見開かれたアクアマリンの瞳を見ながら、ルキは優しく笑う。

「うん、可愛いなぁって見てただけ」

「かわ……っ、あ、ありがと」

 ふいっと目を逸らすベルにルキはクスッと笑う。少し前までのベルならきっとこんな反応はしなかった。
 私が可愛いなんて今頃気づいたの? なんて揶揄うように茶化して、まともに取り合わなかったはずだ。
 『お付き合い』を始めて自分に心境の変化があったように、ベルもそうだったら嬉しいとルキは思う。
 ルキはそっとベルの方に指を伸ばし唇のすぐそばに触れる。驚いたようにアクアマリンの瞳が見開かれるのを見ながら、指をそっと横に動かし撫でる。
 言葉を紡げず固まるベルに、

「ソフトクリーム、ついてる」

 ふっと優しく笑ってそう言った。

「……ソフト……クリーム。ああ、そうよね。溶けちゃうから早く食べなきゃ」

 そう言ってベルは少し慌てたようにソフトクリームに集中する。
 そんなベルを見ながらコーヒーを飲んだルキは、ここが外で良かったと思う。そうでなかったら、きっとこの衝動は止まらなかっただろうから。
 ルキの中にあった感情は、一旦自覚してしまえば急速に色づき形を作る。
 自分が思うのと同じくらい、ベルに必要とされたいと思う。自分のダメな面を晒してもベルが寄り添ってくれたように、ベルが嬉しそうに笑う時も、苦しそうに落ち込んでいる時も、彼女が持つその感情や時間を少しずつでもシェアできたらと望んでいる自分がいる。
 一方向ではない関係をベルと築きたい。それはとても暖かな感情で、それに名前をつけるなら"愛してる"以外の解をルキは見つけられなかった。

「あと1ヶ所はどこに行くの?」

「孤児院。いっぱいもらったから差し入れ兼ねて」

 子ども達すごく可愛いのよとベルは話す。

「お母さんのお墓参りとかしないの?」

 明日はもう王都に帰る日だ。せっかく領地まで来たのにベルはその間産みの母親の墓参りに出かけていない。
 ベルは少し困った顔をして、

「今夜ひとりでこっそり行ってくるから」

 と言った。なんでこっそり? と疑問符を浮かべながらも、自分もついて行って良いかと尋ねようとしたルキに、

「ルキは気にせず寝てね。飛竜は速いけど、寝不足だと酔っちゃうでしょ」

 ルキは貧弱だからなと揶揄うようにベルは笑う。
 着いてくるなとベルに釘を刺されてしまったら、ルキはそれ以上何も言えなくなる。

「じゃあ、孤児院に行きましょうか」

 そう言って歩き出したベルの背中を見ながら、どうすればもっと彼女に近づけるんだろうとルキはそんな事を考えていた。
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