結婚しないために婚約したのに、契約相手に懐かれた件について。〜契約満了後は速やかに婚約破棄願います〜

その15、伯爵令嬢と告白。

 今頃、ベルはひとりで実母の墓参りに行っているのだろうかと闇夜に浮かぶ満月を眺めながらルキはそんな事を考える。
 誰にも告げずにこっそり生花を用意し、完全に日が沈んでから黒いフードを被って目立たないようにそっと出て行ったベルを見て、今更ながら彼女の実母が先代の愛人であった事を実感した。
 サラとベルに血縁関係がないことは知っていたし、容姿の面でいえば当たり前なのだが類似点など一つもない。
 それでも2人の間に流れる空気は穏やかで暖かく、ちょっとした所作や気の使い方がとても似ていて、ああとても仲の良い親子だなと思っていた。
 だからこそ、言えるわけがないのだ。義母であるサラを裏切った先代伯爵の愛人であった人物の墓参りに行ってくるなんて。
 なんて配慮にかける言い方をしてしまったんだろうと、昼間のベルの困った顔を思い出しルキは後悔する。これだからベルから残念なヤツだとか人としての好感度だだ下がり、なんて言われるのだとルキは静かにため息をついた。
 トントンっとノックがして了承を告げると、そこには先日から世話になっている執事が立っていた。
 可能なら話ができないかとサラが呼んでいるとの事で、ルキはすぐさま了承し執事に案内され応接室に足を運んだ。

「お呼び立てして申し訳ありません」

 とても優雅な所作で礼をしてサラはルキに椅子を勧める。
 出されたミルクティーはベルが淹れてくれる味に似ていて、ルキが目を細めると、

「私が教えましたから。ベルはとても優秀な生徒だったんですよ」

 自慢の娘なんですと嬉しそうにそう言った。

「それで、私に話と言うのは?」

「大した用件ではないのでそう身構えないでください」

 ふふっと楽しそうに笑ったサラは、

「少しだけ、あなたとお話しがしてみたかったのです。何せベルが誰かをこの領地まで連れてきたのは初めてなので」

 と優しい口調でそう言った。

「うちの領地をどう思いましたか?」

「領地の問題点をよく検討した上で、効率的かつ有効な対策が取られていると感じました。ただ領地全体としてはインフラ面で改善の余地がかなり有りそうです」

 問われた事に対して、ルキは素直に答える。

「そうですね。そしてそれを行うにはお金がかかるんですよねぇ」

 サラはゆっくり頷くと、クスッと笑う。

「飢えと寒さと防げる病気で亡くなる人を減らしたい。それがこの領地の一番の目標でした」

 それは十年近くかかって概ね達成できそうですとサラは静かに言葉を紡ぐ。
 その言葉を聞きながらルキは、

『飢えるのと凍えるのは本当に辛いから』

 とベルが辛そうに言っていたのを思い出した。
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