結婚しないために婚約したのに、契約相手に懐かれた件について。〜契約満了後は速やかに婚約破棄願います〜
「ベルは非常に優秀です。そしていつもこの領地のことを考えている」
そうだろうな、と今日一日ベルに付いて回ったルキは素直にそう思う。
「ベルは服飾関係の会社を経営したいようですが、それも突き詰めればこの領地のため。人が安心して暮らすためにはお金がいる。つまり雇用先が必要です。自宅で子どもを育てながら、もしくは隙間時間に兼業で、あるいは農家の冬の休業期間に、針仕事や検品などの仕事を提供し、可能範囲で働けるようにしたいのでしょう」
ストラル領の冬は長いですからとサラは窓の外を見る。色づいた葉はあっという間に落ち、もうすぐ冬がやって来る。
「ストラル領の立て直しにはまだまだ時間がかかるでしょうし、お金も人も必要です。なので、うちとしてはベルを引き抜かれると非常に困ります」
にこやかに、だがはっきりとサラにそう言われルキは息を呑む。
「ベルはストラル領に必要な人間です」
サラからじっと見られ、ルキはぎゅっと拳を握る。
「知っています」
ベルがこの領地を憂いて良くしたいと思っていることも、きっと沢山の葛藤や自分では想像もできないような大変な思いをしてきた事も、ここに来て彼女を見ていて十分過ぎるくらい理解した。
それでも、とルキは思う。
「それでも、私は」
「そこから先は直接ベルに言ってくださいな」
言葉を続けようとしたルキの目の前でパチンと両手を叩いたサラがにこっと笑う。
驚いた顔をするルキに、ふふっと楽しそうに笑ったサラは、
「領地経営を代行する者としては、ベルにはいて欲しいですけどね。ひとりの母親としてはベルが心配なんですよ。我が家ではあの子が一番繊細で気遣い屋さんなんですが、こちらが心配になるほど頑張り過ぎてしまうので」
と苦笑気味にそう言った。
「尽くし過ぎると視野が狭くなって良くありません。何事もほどほどがいいのです」
サラの言葉に耳を傾けながら、それはベルのことだろうか? それとも自分に向けた助言だろうか? とルキは考える。
「意地悪を言ってしまってごめんなさいね。でも、わざわざこんな田舎までついて来て、ベルが実母の墓参りにいくと分かっているのになんでブルーノ公爵令息はお部屋にいるのかしら? と思って」
余計なお世話かしら? と黒曜石のような瞳が優しく笑ってそう尋ねる。
「あの子きっと今頃膝を抱えてひとりで泣いているわ。いつもそう。私に気を遣って言えなくて、ひとりで全部抱えているんです」
そこにいるのは母親らしく娘を案じる一人の女性で、サラはベルが何をしに帰郷したのかお見通しのようだった。
「何かをしてあげなきゃと身構える必要はありません。もしベルの事が気がかりなら少し話を聞いてやってくれませんか?」
「……話してくれるでしょうか?」
「それは分かりませんが、家族だから話しづらい事もあるのです。内側に溜め込んだ感情をただ聞き流して欲しい日ってありませんか?」
そう言われて、ルキは静かに頷く。
かつて自分の母親の話をした時も、悪夢の話をした時も、ベルは黙って話を聞いてくれた。問題が解決したわけではなかったけれど、そのおかげで随分と気が楽になったのも確かだった。
今、ベルがひとりで泣いているのかもしれないと思ったら胸の奥が苦しくなって、何もできないかもしれないが彼女の側にいたいと思った。
そんなルキの様子を見て、優しく笑ったサラは、
「ここにいると思いますので、ベルが戻ったら声をかけてあげてくれると嬉しいです」
そう言って地図を渡した。
そうだろうな、と今日一日ベルに付いて回ったルキは素直にそう思う。
「ベルは服飾関係の会社を経営したいようですが、それも突き詰めればこの領地のため。人が安心して暮らすためにはお金がいる。つまり雇用先が必要です。自宅で子どもを育てながら、もしくは隙間時間に兼業で、あるいは農家の冬の休業期間に、針仕事や検品などの仕事を提供し、可能範囲で働けるようにしたいのでしょう」
ストラル領の冬は長いですからとサラは窓の外を見る。色づいた葉はあっという間に落ち、もうすぐ冬がやって来る。
「ストラル領の立て直しにはまだまだ時間がかかるでしょうし、お金も人も必要です。なので、うちとしてはベルを引き抜かれると非常に困ります」
にこやかに、だがはっきりとサラにそう言われルキは息を呑む。
「ベルはストラル領に必要な人間です」
サラからじっと見られ、ルキはぎゅっと拳を握る。
「知っています」
ベルがこの領地を憂いて良くしたいと思っていることも、きっと沢山の葛藤や自分では想像もできないような大変な思いをしてきた事も、ここに来て彼女を見ていて十分過ぎるくらい理解した。
それでも、とルキは思う。
「それでも、私は」
「そこから先は直接ベルに言ってくださいな」
言葉を続けようとしたルキの目の前でパチンと両手を叩いたサラがにこっと笑う。
驚いた顔をするルキに、ふふっと楽しそうに笑ったサラは、
「領地経営を代行する者としては、ベルにはいて欲しいですけどね。ひとりの母親としてはベルが心配なんですよ。我が家ではあの子が一番繊細で気遣い屋さんなんですが、こちらが心配になるほど頑張り過ぎてしまうので」
と苦笑気味にそう言った。
「尽くし過ぎると視野が狭くなって良くありません。何事もほどほどがいいのです」
サラの言葉に耳を傾けながら、それはベルのことだろうか? それとも自分に向けた助言だろうか? とルキは考える。
「意地悪を言ってしまってごめんなさいね。でも、わざわざこんな田舎までついて来て、ベルが実母の墓参りにいくと分かっているのになんでブルーノ公爵令息はお部屋にいるのかしら? と思って」
余計なお世話かしら? と黒曜石のような瞳が優しく笑ってそう尋ねる。
「あの子きっと今頃膝を抱えてひとりで泣いているわ。いつもそう。私に気を遣って言えなくて、ひとりで全部抱えているんです」
そこにいるのは母親らしく娘を案じる一人の女性で、サラはベルが何をしに帰郷したのかお見通しのようだった。
「何かをしてあげなきゃと身構える必要はありません。もしベルの事が気がかりなら少し話を聞いてやってくれませんか?」
「……話してくれるでしょうか?」
「それは分かりませんが、家族だから話しづらい事もあるのです。内側に溜め込んだ感情をただ聞き流して欲しい日ってありませんか?」
そう言われて、ルキは静かに頷く。
かつて自分の母親の話をした時も、悪夢の話をした時も、ベルは黙って話を聞いてくれた。問題が解決したわけではなかったけれど、そのおかげで随分と気が楽になったのも確かだった。
今、ベルがひとりで泣いているのかもしれないと思ったら胸の奥が苦しくなって、何もできないかもしれないが彼女の側にいたいと思った。
そんなルキの様子を見て、優しく笑ったサラは、
「ここにいると思いますので、ベルが戻ったら声をかけてあげてくれると嬉しいです」
そう言って地図を渡した。