結婚しないために婚約したのに、契約相手に懐かれた件について。〜契約満了後は速やかに婚約破棄願います〜
「どうかした?」
「うん、たまにベルってびっくりするくらい無防備な時があるよね」
「えー? そんな事はないと思うけど」
首を傾げるベルを見ながら自分以外の前では絶対やらないで欲しい、とルキは切実に思うと同時に王都に戻ったらベルに近づく人間が出ないように害虫駆除の方法について真剣に考えようと決めた。
「まぁ、でもせっかく挨拶してくれたルキにこんなことをいうのもなんだけど、あそこには何も入ってないんだよね」
ルキがそんな事を考えている傍らで、ベルは静かにそう告げる。
「えっ?」
驚いた顔をするルキに、申し訳なさそうな顔をしたベルは、静かに言葉を紡ぐ。
「何も、残ってないの。遺骨も、遺灰も、遺髪も、それどころかママが生前に持っていたモノひとつさえ、もう何も、残ってないの」
だからあの中は空っぽと、ベルは小さな声でそう告げた。
「なん……で?」
「あそこは見かねたお人好しのお兄様が立ててくれた私のためだけのお墓。伯爵家のお墓自体は当然別のところにあるわ」
だから、ハルも滅多に来ないとそう言った自分より、ルキはずっと悲痛な表情をしていた。
あと3ヶ月したら、ルキは自分の隣からいなくなる。そこから先はきっともう2度と自分たちの人生は交わらない。
だからこそ、この人に知って欲しい。こちらを見てくる濃紺の瞳を見ながら、ベルはそう思った。
「重い話、してもいい? 全部、聞き流して忘れてくれて構わないから」
ベルは泣きそうな声で空を見上げてそう言った。
その苦しそうな横顔を見て、ルキはベルの頭に手を回して自分の方に寄り掛からせる。
「いいよ。全部、聞いてるから」
ルキにそう言われ、自分以外の温もりに安堵しながら、ベルは素直に頷いて抱えきれない気持ちを吐き出し始めた。
「庶民っていうのはね、貴族みたいに丁寧に埋葬したりしないんだ」
ベルの母が亡くなったあの年はオレン熱がストラル領地で大流行していた。
あまりに亡くなる人が多く、各町では定期的に遺体をまとめて焼いて、全部山に埋めていた。
当然、庶民には貴族みたいに肖像画を描いてもらう余裕などなく、亡くなれば戸籍に線を引かれて存在が消えるのが当たり前のことだった。
「死ぬ前にママにハルの事を頼まれたけど、まだ8つの私に選択肢なんてなかった」
元々3人で慎ましやかに暮らしていたのだ。大黒柱を失って、子どもだけで生きていけるわけがなかった。
「みんな生きることに必死だったの」
ベルの母が死んだのはまだ秋口だった。普段から随分と無理をして働いていたから、過労のせいで重症化したのだろう。
いつもよりオレン熱の発生時期が早い。このままオレン熱が流行して、状況が更に逼迫していけば、身寄りのいない自分たちは喰い物にされかねない。
その時のベルには母の死を嘆くだけの余裕がなかった。
「私はママが死んですぐハルを連れて生まれ育った町を出た。ママが遺してくれたお金は全部衣服に縫い付けて隠したし、売れるものは全部売った」
質素な家具も全て斧でバラして木材にし、小銭に変えた。
母が死んだのだと理解できない小さな弟に母の髪飾り一つ遺してやることすらできなかった。
思い出よりも、弟と2人で生き残ることのほうがベルには重要だった。
「うん、たまにベルってびっくりするくらい無防備な時があるよね」
「えー? そんな事はないと思うけど」
首を傾げるベルを見ながら自分以外の前では絶対やらないで欲しい、とルキは切実に思うと同時に王都に戻ったらベルに近づく人間が出ないように害虫駆除の方法について真剣に考えようと決めた。
「まぁ、でもせっかく挨拶してくれたルキにこんなことをいうのもなんだけど、あそこには何も入ってないんだよね」
ルキがそんな事を考えている傍らで、ベルは静かにそう告げる。
「えっ?」
驚いた顔をするルキに、申し訳なさそうな顔をしたベルは、静かに言葉を紡ぐ。
「何も、残ってないの。遺骨も、遺灰も、遺髪も、それどころかママが生前に持っていたモノひとつさえ、もう何も、残ってないの」
だからあの中は空っぽと、ベルは小さな声でそう告げた。
「なん……で?」
「あそこは見かねたお人好しのお兄様が立ててくれた私のためだけのお墓。伯爵家のお墓自体は当然別のところにあるわ」
だから、ハルも滅多に来ないとそう言った自分より、ルキはずっと悲痛な表情をしていた。
あと3ヶ月したら、ルキは自分の隣からいなくなる。そこから先はきっともう2度と自分たちの人生は交わらない。
だからこそ、この人に知って欲しい。こちらを見てくる濃紺の瞳を見ながら、ベルはそう思った。
「重い話、してもいい? 全部、聞き流して忘れてくれて構わないから」
ベルは泣きそうな声で空を見上げてそう言った。
その苦しそうな横顔を見て、ルキはベルの頭に手を回して自分の方に寄り掛からせる。
「いいよ。全部、聞いてるから」
ルキにそう言われ、自分以外の温もりに安堵しながら、ベルは素直に頷いて抱えきれない気持ちを吐き出し始めた。
「庶民っていうのはね、貴族みたいに丁寧に埋葬したりしないんだ」
ベルの母が亡くなったあの年はオレン熱がストラル領地で大流行していた。
あまりに亡くなる人が多く、各町では定期的に遺体をまとめて焼いて、全部山に埋めていた。
当然、庶民には貴族みたいに肖像画を描いてもらう余裕などなく、亡くなれば戸籍に線を引かれて存在が消えるのが当たり前のことだった。
「死ぬ前にママにハルの事を頼まれたけど、まだ8つの私に選択肢なんてなかった」
元々3人で慎ましやかに暮らしていたのだ。大黒柱を失って、子どもだけで生きていけるわけがなかった。
「みんな生きることに必死だったの」
ベルの母が死んだのはまだ秋口だった。普段から随分と無理をして働いていたから、過労のせいで重症化したのだろう。
いつもよりオレン熱の発生時期が早い。このままオレン熱が流行して、状況が更に逼迫していけば、身寄りのいない自分たちは喰い物にされかねない。
その時のベルには母の死を嘆くだけの余裕がなかった。
「私はママが死んですぐハルを連れて生まれ育った町を出た。ママが遺してくれたお金は全部衣服に縫い付けて隠したし、売れるものは全部売った」
質素な家具も全て斧でバラして木材にし、小銭に変えた。
母が死んだのだと理解できない小さな弟に母の髪飾り一つ遺してやることすらできなかった。
思い出よりも、弟と2人で生き残ることのほうがベルには重要だった。