結婚しないために婚約したのに、契約相手に懐かれた件について。〜契約満了後は速やかに婚約破棄願います〜
「ハルは小さい時から整った顔をしていて、いつ人買いに連れ去られてもおかしくないって思ってた。だから、転々と居住地を変えながら、保護してくれそうな人を探したわ」
「孤児院にはいかなかったのか?」
「それこそ、人売りの巣窟じゃない。安心できる場所なんて、あの時のこの領地には存在しなかった」
常に人の顔色を伺っていた。生存本能なのか、知ろうと思えばいくらでも相手の本質が見てとれた。
優しそうに見せかけて近づいてくる人間の狡猾さを見抜き、本当に心配してくれる人の善意を利用した。
「冬が来て、寒くて、お腹が空いて、ついにハルがダウンしてしまったときに、私は唯一手元に遺していたママの懐中時計を手放した」
見るからに高そうで子どもが売るにはリスクが高かったが、ハルの命には変えられなかった。
「懐中時計?」
「うん、ずっと持っていてねって言われたんだけど、それどころじゃなかったから」
百合の花と剣の刻まれたずっと整備されることのなかったその懐中時計は、時を刻む事をとっくの昔に放棄していた。売り捌く先はいつも以上に慎重に探した。
「そんなモノを売ろうとしたから、私はあの人に見つかったんだと思う」
子どもが高価な懐中時計を持ってウロウロしていれば、どうやっても目立ってしまう。
だから、そんな怪しい子どもの噂が彼の耳にも届いたのだろう。
「あの人?」
「先代のストラル伯爵。ハルの父親」
「会った事ないんじゃ……。それにベルの父親でもあるだろう」
以前ベルは会った事もない父親などどうでもいいと言っていたはずだ。
だが、父と呼ばず先代と言ったベルはとても辛そうな顔をしていた。
「嘘ついてごめんね。本当は1回だけあるの。お兄様にも、言ってないんだけど」
ベルはまるで罪を告白するかのように、両手を組んでその時の事を話す。
ベルは今でもあの時の光景が忘れられない。突然やって来た、ハルによく似たその人の事を。
「私とハル全然似てないでしょ? あの人も最後まで私の名前を呼ばなかった。だから、あの人と私の血が繋がってる確信、未だにもてないんだ」
でも、それを言ってしまったらハルと引き離されてしまうから。
だから、確かめようのない"真実"からベルは目を背けた。
「"キミは、セレスの子だね。セレスやハルステッドはどこだい?"って。この荒れた領地でやたら身なりのいいその人がハルの父親で、ここの領主なんだってすぐに分かった」
血縁を疑いようがないほどにハルと似ていたその人が見せた身分証には、ストラル伯爵家の家紋が入っていた。
そのとき初めてベルは自分の母親が領主の愛人であった事を知った。
ベルが知る限り、彼が自分たちに会いに来た事など一度もなく支援の手を差し伸べられた事もない。
自分はともかくハルにすら父親らしい事をしてくれた事のないその人が、自分からハルを奪おうとしている。
そう思ったらベルの中で張り詰めていた糸が切れた。
「そんなにママとハルに会いたいなら死ねばいいって言ったわ。アンタのせいでオレン熱で死んだのよ、って」
貴族相手に随分口汚く罵った。本来なら不敬だ、侮辱だと、その場で殺されてもおかしくなかった。
「その人は"無能でごめん"って言って去って行ったわ。それからまもなく領主が死んで代替わりした事を知った」
そしてそれから幾分か経った冬の寒いある日、兄と名乗る人が迎えに来た。その人はハルや先代ストラル伯爵ととてもよく似ていた。
「孤児院にはいかなかったのか?」
「それこそ、人売りの巣窟じゃない。安心できる場所なんて、あの時のこの領地には存在しなかった」
常に人の顔色を伺っていた。生存本能なのか、知ろうと思えばいくらでも相手の本質が見てとれた。
優しそうに見せかけて近づいてくる人間の狡猾さを見抜き、本当に心配してくれる人の善意を利用した。
「冬が来て、寒くて、お腹が空いて、ついにハルがダウンしてしまったときに、私は唯一手元に遺していたママの懐中時計を手放した」
見るからに高そうで子どもが売るにはリスクが高かったが、ハルの命には変えられなかった。
「懐中時計?」
「うん、ずっと持っていてねって言われたんだけど、それどころじゃなかったから」
百合の花と剣の刻まれたずっと整備されることのなかったその懐中時計は、時を刻む事をとっくの昔に放棄していた。売り捌く先はいつも以上に慎重に探した。
「そんなモノを売ろうとしたから、私はあの人に見つかったんだと思う」
子どもが高価な懐中時計を持ってウロウロしていれば、どうやっても目立ってしまう。
だから、そんな怪しい子どもの噂が彼の耳にも届いたのだろう。
「あの人?」
「先代のストラル伯爵。ハルの父親」
「会った事ないんじゃ……。それにベルの父親でもあるだろう」
以前ベルは会った事もない父親などどうでもいいと言っていたはずだ。
だが、父と呼ばず先代と言ったベルはとても辛そうな顔をしていた。
「嘘ついてごめんね。本当は1回だけあるの。お兄様にも、言ってないんだけど」
ベルはまるで罪を告白するかのように、両手を組んでその時の事を話す。
ベルは今でもあの時の光景が忘れられない。突然やって来た、ハルによく似たその人の事を。
「私とハル全然似てないでしょ? あの人も最後まで私の名前を呼ばなかった。だから、あの人と私の血が繋がってる確信、未だにもてないんだ」
でも、それを言ってしまったらハルと引き離されてしまうから。
だから、確かめようのない"真実"からベルは目を背けた。
「"キミは、セレスの子だね。セレスやハルステッドはどこだい?"って。この荒れた領地でやたら身なりのいいその人がハルの父親で、ここの領主なんだってすぐに分かった」
血縁を疑いようがないほどにハルと似ていたその人が見せた身分証には、ストラル伯爵家の家紋が入っていた。
そのとき初めてベルは自分の母親が領主の愛人であった事を知った。
ベルが知る限り、彼が自分たちに会いに来た事など一度もなく支援の手を差し伸べられた事もない。
自分はともかくハルにすら父親らしい事をしてくれた事のないその人が、自分からハルを奪おうとしている。
そう思ったらベルの中で張り詰めていた糸が切れた。
「そんなにママとハルに会いたいなら死ねばいいって言ったわ。アンタのせいでオレン熱で死んだのよ、って」
貴族相手に随分口汚く罵った。本来なら不敬だ、侮辱だと、その場で殺されてもおかしくなかった。
「その人は"無能でごめん"って言って去って行ったわ。それからまもなく領主が死んで代替わりした事を知った」
そしてそれから幾分か経った冬の寒いある日、兄と名乗る人が迎えに来た。その人はハルや先代ストラル伯爵ととてもよく似ていた。