結婚しないために婚約したのに、契約相手に懐かれた件について。〜契約満了後は速やかに婚約破棄願います〜
「このっ! 性悪女っ!! ミシェルを一体どこにやったのよ!!」

 帰宅した直後、玄関先でベルはいきなりシルヴィアから襲撃を受けた。

「お嬢様、ベル様には不可能でございます」

 手当たり次第に物を投げつけるシルヴィアに使用人たちが口々にそう訴えるが、

「じゃあ一体、誰がミシェルを盗んだというの? そこの女が私の部屋に押し入ってミシェルを盗んだに違いないわ!」

 シルヴィアは全く持って聞く耳を持たない。
 これは一体何事か、とベルは投げつけられる物を躱しつつシルヴィアの訴えと使用人達の言葉に意識を傾ける。

「ですから、ベル様はお嬢様のお部屋どころかお嬢様の部屋のある階に上がられた事すらありませんし、そもそもミシェル様が紛失した日中はベル様はお仕事に行かれておりまして」

「ミシェル!! 私のミシェルを返しなさいよ!!」

「お嬢様、落ち着いてください」

「ミシェルっ! ミシェル」

 その騒ぎを聞きつけて、いつもより早く帰宅したルキが顔を覗かせた。

「何の騒ぎだ」

「お兄様! 今すぐこの女を追い出して。私のミシェルを盗んだのよ」

「ミシェルって、あのクマのぬいぐるみだろ? ベルが……?」

 どう見ても今帰宅したばかりのベルと、違うと首を振る使用人達の様子を見て、ルキはまたかとつぶやきため息を漏らす。

「みんな違うと言っている。シルがどこかに置き忘れたんじゃないのか?」

「ちがっ、私はミシェルを置き忘れたりなんか絶対にしないわ」

 ルキにそう言われ、興奮気味にシルヴィアは反論する。
 だが、ルキはそれに全く取り合わず、

「シル、お前もう12だろ。いい加減、ぬいぐるみから卒業したらどうだ?」

 と呆れた口調でそう言った。

「……っ!」

 ルキからそう嗜められ、傷ついたような泣きそうな顔をするシルヴィアに、

「はぁ、どうしても必要なら新しいのを買ってやるから、とにかく落ち着け」

 追い討ちをかけるようにルキはそう言う。
 ルキにそう言われて言葉を失くしたシルヴィアは顔を俯いて、唇を噛み締める。
 そんな2人のやり取りを見ていたベルは、盛大にため息を漏らすと、もう限界っとつぶやいてルキに近づくとローキックを喰らわせた。

「いった」

「次期公爵様。私、あなたのこと人として好感が持てないって言いましたけど、訂正します。この冷血漢がっ、兄としても最っ低」

 そう言い残して、ベルは使用人に屋敷内は探したかなどを確認し、鞄を玄関ホールに置き去りにして走り出した。
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