結婚しないために婚約したのに、契約相手に懐かれた件について。〜契約満了後は速やかに婚約破棄願います〜
ナジェリー王国の王女達の来訪初日。彼女達を歓迎するための盛大な宴が催された。
 城内はどこもかしこも華やかに飾り付けられ、一流の音楽家達の演奏が参列者達の耳を楽しませ、嗜好を凝らした食事が目と舌を喜ばせる。
 そんな華やかな雰囲気に呑まれたエステルは、完全に硬直していた。

(に、逃げ出したいっ。今すぐに)

 沢山の知らない人達に話しかけられてキャパオーバー気味のエステルはかろうじて微笑み曖昧に返事をするが、顔面蒼白だ。

(……お姉様っ!)

 と心の中でヘルプを出すも、姉は社交という名の仕事中。先程紹介された王弟殿下と何やら楽しそうに歓談していた。

(お姉様、楽しそう)

 人の波があらかたさってほっとした頃、姉の方に視線をやるとそこには多くの人に囲まれて華やかに笑うアネッサの姿が目に入る。
 自分とは大違い、と思いながら眺めていたエステルはとても人目を引く、王弟殿下の側に控えていた人形のように綺麗な顔をした美丈夫と目が合った。とっさに俯いたエステルは、そろりとその人を観察する。
 沢山の女性達に声をかけられるその人はクスリとも笑わず、周りを上手くあしらいながら襟元に止まっている小さなマイクで何やら指示を出しているように見える。

(すごく綺麗な濃紺の目。ブルーダイヤ……いえ、サファイアかしら? んーアウイナイトかな)

 現実逃避をするようにその目の色に近い宝石の名前をあげていくうちに、お守りのように持って来た愛してやまない鉱物のカケラ達をどうしようもなく眺めたくなった。
 大輪のバラである第一王女さえいれば問題ない。どうせ誰も不出来な妹など見ていないのだからと、周りを見渡したエステルはこっそり会場から抜け出す事にした。


 会場では特にトラブルもなく、円滑に宴が進む。
 王弟殿下のアシストとして参加しているルキは、王弟殿下と第一王女の会話が弾むようさりげなく話題を振ったり、彼女達が楽しめるように細かな所まで配慮し、都度必要な指示を部下達にしていた。
 今日はベル(風除け)がいないため、チャンスとばかりに令嬢達が寄ってくるが、ルキはそれをそっけなく躱わす。
 概ね順調と進行状況を確認していたルキは目線を上げた先で不安で今にも泣きそうな紅い瞳と目が合った。
 ややピンクよりの優しい赤い髪にガーネットのような紅い瞳。ナジェリー王国第二王女、エステル・ディ・ナジェリーだとルキが認識するより早く視線が外れる。
 自分と目が合い視線を逸らす人間は珍しい。何よりあの心細そうな目が気になった。
 目の端で気に留めていると、彼女がそっと会場を後にするのが目に入った。王弟殿下と第一王女の間に自分はこれ以上必要ない。
 王弟殿下の側近に抜ける事を告げ、ルキはエステルの後を追いかけた。
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