結婚しないために婚約したのに、契約相手に懐かれた件について。〜契約満了後は速やかに婚約破棄願います〜
王宮のライトアップされた庭園は素晴らしかった。ベンチに腰掛けたエステルはそっと息を吐きだすとポケットから鉱物のカケラを取り出す。
エステルが今日持って来たのはルビーとアクアマリン。石言葉にあやかって勇気や勇敢さが欲しくて持ってきたが、ダメだったかとため息を漏らす。
会場の喧騒から少し離れた異国の夜にそっと小瓶をかざして見れば、中に入ったカケラ達が月明かりを受けて煌めき、心が軽くなった気がした。
「ふふ、やっぱり素敵」
エステルがそうつぶやいた時、
「エステル王女殿下。コチラにいらしたのですね」
と低い声が耳に届いた。追いかけて来たのは先程目が合った全く笑わない綺麗な人。
石のカケラに心を囚われていたエステルは、現実に戻り逃げて来た申し訳なさでいっぱいになる。
近づいてきたその人に、怒られるっと身構えたエステルの前に傅いて、
「ナジェリー王国エステル王女殿下にご挨拶申し上げます。王女殿下のご尊顔を拝する栄誉を賜り、光栄にございます」
ルキ・ブルーノと名乗った宴を担当者だというその名前には聞き覚えがあった。
外交の担当にすごく素敵でかっこいい公爵令息がいるのよと姉が言っていたのを覚えている。
「"氷の貴公子"」
ぽそっとつぶやいたエステルの言葉に苦笑して、
「できましたら、ルキと気軽に呼んで頂けるとありがたく思います」
ルキはふわりと笑ってそう言った。
会場で見た彼の雰囲気との違いにエステルは驚いて目を大きくする。
「気分が優れませんか?」
と優しい口調でルキはそう尋ねる。
「それとも、パーティーがお気に召しませんでしたか?」
ずっと不安そうな顔をされていたので気になって、と心配そうなその声に、
「い、いえ! パーティーはすごく素敵で、皆さま丁寧にお声かけくださって……その、えーっと」
エステルは抜け出した上手い言い訳が思いつかずしどろもどろになる。
そんな彼女を見ていたルキは、手に握られていた小瓶を目に留め、
「綺麗ですね、ルビーとアクアマリンでしょうか?」
と尋ねた。
「は、はいっ。えっと……これはそのぉ」
姉に先程鉱物ばかり眺めてはいけないと言われたばかりだ。社交をサボって石を見てましたなど言えないと思っていたエステルに、
「カケラを小瓶に入れて常に持ち歩くなんて、エステル王女殿下は本当に鉱物がお好きなのですね」
とルキはゆっくりした口調でそう言った。
「えっと、どうしてそれを?」
「廃石の活用。工芸品として作り変えることで価値をつけ、一人でも多くの人に気軽に鉱物を楽しんでもらえたらというエステル王女殿下の活動を記事で読ませていただきました」
素敵な取り組みですね、と言われエステルは目を丸くする。
廃石になった鉱物の活用は自国ですら認知度は高いと言えないし、エステルとしては真剣に取り組んでいる事業なのに趣味の延長程度にしか見てもらえない。
それを海の向こうの公爵令息が知ってくれていたという事がとても嬉しかった。
「確か公務の際に廃石を活用したブローチをつけてらっしゃると伺っていたのですが、本日はつけていないのですね」
「えっと、お姉様に止められてしまって」
他国にまで来てつけるのはみっともないと、自国の宝石をPRするために華やかな装飾品をつけさせられている。
もちろん、それ自体も素敵なものだけれど。
「それは残念です。ぜひ実物を拝見して見たかった」
お世辞でもそう言ってくれたのが嬉しくてエステルはぱぁっと顔を明るくする。
「実はこのカケラ達も元々は大きな鉱物の一部で、カットして立派な宝石になった子は自国のお兄様の王冠や杖に付けられているのです」
エステルは煌めく鉱物がいかに素晴らしいか、宝石になるまでの長い道のりや宝石になれなかった石にある魅力、インクルージョンによってもたらされる個性についてルキに熱く語った。
「私ったら、申し訳ありません。こんな話」
ルキが時折質問をしながら楽しそうに聞いてくれるものだから、つい話し過ぎたと我に返ったエステルはルキに謝る。
「エステル王女殿下は本当に鉱物を愛していらっしゃるんですね。それだけ情熱を傾けられるのは素晴らしい事だと思います」
だがルキは嫌な顔ひとつせず、静かに微笑んで興味深い話でしたと言った。
「うちでも取り扱えるようになりたいので、ぜひ廃石活用を普及させてくださいね。応援しています」
そう言われて、エステルは涙が出そうな程嬉しかった。
冷えるといけませんので、そろそろ戻りましょうかと促され、ルキにエスコートされてエステルは会場に戻る。
はじめにこの国の地を踏んだ時のような憂鬱さはもうエステルの中にはなかった。
(こんなに優しくて素敵な人の一体どこが氷なの?)
どこに行っていたの? という姉の元に戻る時にはルキの手を離すのが名残惜しく感じるほどで、ルキが廃石活用に興味があるならまた話せたらいいななどと思っていた。
エステルが今日持って来たのはルビーとアクアマリン。石言葉にあやかって勇気や勇敢さが欲しくて持ってきたが、ダメだったかとため息を漏らす。
会場の喧騒から少し離れた異国の夜にそっと小瓶をかざして見れば、中に入ったカケラ達が月明かりを受けて煌めき、心が軽くなった気がした。
「ふふ、やっぱり素敵」
エステルがそうつぶやいた時、
「エステル王女殿下。コチラにいらしたのですね」
と低い声が耳に届いた。追いかけて来たのは先程目が合った全く笑わない綺麗な人。
石のカケラに心を囚われていたエステルは、現実に戻り逃げて来た申し訳なさでいっぱいになる。
近づいてきたその人に、怒られるっと身構えたエステルの前に傅いて、
「ナジェリー王国エステル王女殿下にご挨拶申し上げます。王女殿下のご尊顔を拝する栄誉を賜り、光栄にございます」
ルキ・ブルーノと名乗った宴を担当者だというその名前には聞き覚えがあった。
外交の担当にすごく素敵でかっこいい公爵令息がいるのよと姉が言っていたのを覚えている。
「"氷の貴公子"」
ぽそっとつぶやいたエステルの言葉に苦笑して、
「できましたら、ルキと気軽に呼んで頂けるとありがたく思います」
ルキはふわりと笑ってそう言った。
会場で見た彼の雰囲気との違いにエステルは驚いて目を大きくする。
「気分が優れませんか?」
と優しい口調でルキはそう尋ねる。
「それとも、パーティーがお気に召しませんでしたか?」
ずっと不安そうな顔をされていたので気になって、と心配そうなその声に、
「い、いえ! パーティーはすごく素敵で、皆さま丁寧にお声かけくださって……その、えーっと」
エステルは抜け出した上手い言い訳が思いつかずしどろもどろになる。
そんな彼女を見ていたルキは、手に握られていた小瓶を目に留め、
「綺麗ですね、ルビーとアクアマリンでしょうか?」
と尋ねた。
「は、はいっ。えっと……これはそのぉ」
姉に先程鉱物ばかり眺めてはいけないと言われたばかりだ。社交をサボって石を見てましたなど言えないと思っていたエステルに、
「カケラを小瓶に入れて常に持ち歩くなんて、エステル王女殿下は本当に鉱物がお好きなのですね」
とルキはゆっくりした口調でそう言った。
「えっと、どうしてそれを?」
「廃石の活用。工芸品として作り変えることで価値をつけ、一人でも多くの人に気軽に鉱物を楽しんでもらえたらというエステル王女殿下の活動を記事で読ませていただきました」
素敵な取り組みですね、と言われエステルは目を丸くする。
廃石になった鉱物の活用は自国ですら認知度は高いと言えないし、エステルとしては真剣に取り組んでいる事業なのに趣味の延長程度にしか見てもらえない。
それを海の向こうの公爵令息が知ってくれていたという事がとても嬉しかった。
「確か公務の際に廃石を活用したブローチをつけてらっしゃると伺っていたのですが、本日はつけていないのですね」
「えっと、お姉様に止められてしまって」
他国にまで来てつけるのはみっともないと、自国の宝石をPRするために華やかな装飾品をつけさせられている。
もちろん、それ自体も素敵なものだけれど。
「それは残念です。ぜひ実物を拝見して見たかった」
お世辞でもそう言ってくれたのが嬉しくてエステルはぱぁっと顔を明るくする。
「実はこのカケラ達も元々は大きな鉱物の一部で、カットして立派な宝石になった子は自国のお兄様の王冠や杖に付けられているのです」
エステルは煌めく鉱物がいかに素晴らしいか、宝石になるまでの長い道のりや宝石になれなかった石にある魅力、インクルージョンによってもたらされる個性についてルキに熱く語った。
「私ったら、申し訳ありません。こんな話」
ルキが時折質問をしながら楽しそうに聞いてくれるものだから、つい話し過ぎたと我に返ったエステルはルキに謝る。
「エステル王女殿下は本当に鉱物を愛していらっしゃるんですね。それだけ情熱を傾けられるのは素晴らしい事だと思います」
だがルキは嫌な顔ひとつせず、静かに微笑んで興味深い話でしたと言った。
「うちでも取り扱えるようになりたいので、ぜひ廃石活用を普及させてくださいね。応援しています」
そう言われて、エステルは涙が出そうな程嬉しかった。
冷えるといけませんので、そろそろ戻りましょうかと促され、ルキにエスコートされてエステルは会場に戻る。
はじめにこの国の地を踏んだ時のような憂鬱さはもうエステルの中にはなかった。
(こんなに優しくて素敵な人の一体どこが氷なの?)
どこに行っていたの? という姉の元に戻る時にはルキの手を離すのが名残惜しく感じるほどで、ルキが廃石活用に興味があるならまた話せたらいいななどと思っていた。