結婚しないために婚約したのに、契約相手に懐かれた件について。〜契約満了後は速やかに婚約破棄願います〜
「あら、エステル。またそれを見ていたの?」

 姉のアネッサが揶揄うようにエステルの手元にある銀細工をさしてそう言った。

 繊細な銀細工に青系の宝石のカケラがキラキラと輝きとても美しいそれをエステルが髪につけたなら、女の子なら誰しも目に止めるだろう。

「ルキ様が廃石活用の認知度を広めたいなら、まず発信力のある上流階級の女の子達の関心を引いた方がいいって言ってくださって」

 長過ぎるエステルの話を聞いても嫌な顔ひとつしなかったルキは、伝えたい要点を絞ったアピールの仕方も考えてくれ、練習にも付き合ってくれた。

「あと、この万華鏡もルキ様がプレゼントしてくださったんです。これなら眺めててもおかしくないからって」

 色とりどりの石のカケラを入れた万華鏡は飽きる事なく見続けられるエステルのお気に入りで、小瓶に入れたカケラよりさらに素敵だと思った。

「私、廃石になってしまう石を活用して少しでもみなさんに鉱物を身近に感じて楽しんでもらえるように頑張ります。……ルキ様のためにも」

 今日はこの国の淑女の皆様とのお茶会ですから頑張りますと気合いを入れているエステルを見てアネッサは驚き、そして微笑ましそうに妹の髪を撫でる。
 あんなに内気でこの外交も嫌々参加していたエステルがこんなにも積極的にやる気に満ちている。
 氷の貴公子と呼ばれていたはずのルキが何故かエステルには優しいし、エステルもまんざらでもなさそうだ。
 歳の差は7つも開きがあるが、エステルの性格を思えばむしろリードして甘やかしてくれる頼れる大人の男の方がきっといい。

「……ブルーノ秘書官って確か独身だったわよね」

「えーと、そうですね。婚約者がいらっしゃるそうですが」

「そこは大した問題ではないのよ」

 アネッサは首を傾げるエステルにニコッと微笑む。こちらは王族だし、ルキは公爵家の嫡男で次期公爵だ。釣り合いとしても問題ない。
 正直王弟殿下とはビジネスパートナー以外にはなれそうにないと思っていたから、エステルがこの国に嫁いでくれるならアネッサとしては渡りに船だ。

「今日のお茶会、確かブルーノ秘書官の妹も来るのよね。エステル、仲良くなさいね」

 将来義妹になる子かもしれないし、と内心で付け足したアネッサはエステルにそう言い聞かせる。

「そうですね! お話しできるのがとても楽しみです」

 姉がそんな事を考えているなんて全く思っていないエステルは無邪気に笑ってそう返答した。
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