結婚しないために婚約したのに、契約相手に懐かれた件について。〜契約満了後は速やかに婚約破棄願います〜
「あーもう! 本当にムカつくったらないわ!!」

 お茶会から帰って来て早々、シルヴィアはそう叫んで羽織りを床に投げつける。
 シルヴィアがこのような癇癪を起こすのは久しぶりで使用人たちは驚いたように止めに入る。

「ベルは! 今すぐベルを呼んで!!」

 殺気だったシルヴィアはきっと近づいてきたメイドを睨みつつ、ベルを呼ぶ。

「お嬢様、無理でございます。ベル様はただ今お仕事に出ておられますので」

 そう、今日は平日。社会人なら仕事をしている時間帯だ。

「ベルに会いたいっ! 今! 今すぐっ!!」

 ぎゅっと唇を噛み締めてそう訴えるシルヴィアに、無理だと繰り返し宥めるメイドと執事。
 無理な事くらいシルヴィアにも分かっている。

「もういいっ!」

 そう怒鳴り散らすとバタンっと大きな音を立て、シルヴィアは部屋に引き篭もり、ベッドの上にダイブする。公爵令嬢としては褒められた行為でないのは充分承知だが、ルキがいない以上誰もシルヴィアを止められる者はいない。
 シルヴィアはベッドのそばに置いていたテディベアのミシェルを引き寄せ抱きしめる。
 
「ベル……お兄様……」

 ぎゅっとミシェルに顔を埋めてシルヴィアは先程のお茶会を思い出す。
 ナジェリー王国第一王女アネッサとのやりとりは今思い出しても、なんとも腹立たしいものだった。
 
*****

「ブルーノ公爵家にもそろそろ女主人が必要だと思いませんか?」

 兄であるルキを手に入れるために自分に取り入ろうとする媚びた目。自分こそがブルーノ次期公爵夫人に相応しいという得意げな目をシルヴィアは飽きるほど見て来た。

「シルヴィア様もまだ幼くいらっしゃいますし」

 正直、余計な世話だと思った。

「ええ、ですから私、兄の婚約者の事を本当の姉のように慕っておりますの。今日のドレスも姉と一緒に選びましたのよ」

 うんざりするほどの言葉の応酬に、シルヴィアは懸命に応戦した。

「確か、伯爵家のご令嬢だとか。公爵家の今後の発展を考えると家格の釣り合いも考えた方がいいと思いません?」

 公爵家の代表として参加している自分を子ども扱いするだけでなく、他国の貴族の婚姻に口を出すなんて、なんて無礼なと思ったシルヴィアはそれでも貴族令嬢らしく表情には出さず、

「兄の決める事ですわ」

 と決定権が自分にないことを告げた。
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