結婚しないために婚約したのに、契約相手に懐かれた件について。〜契約満了後は速やかに婚約破棄願います〜
 初めてドレスに袖を通した時のワクワクをベルは今も鮮明覚えている。
 学校であるパーティーへの出席でドレスが必要になった時、それを言えず黙っていたベルは理由を問われ、

『貧乏伯爵家じゃなければ、私だって可愛いドレスを着たいわよ』

 と売り言葉に買い言葉で兄に言ったのだ。
 路地裏から引き取ってもらっただけでもありがたいのに、そんなワガママを言ってしまった。
 ボロボロで没落寸前の貧乏伯爵家なのに、学校まで行かせてくれている。
 なのに、そんな事を言うなんてと口を押さえたところで出た言葉は消えない。
 だが、ベルの主張を怒る事なく聞いた兄はんーと少し考えて、

『じゃ、やってみるか』

 と静かにそう言ったのだ。
 兄が用意してくれたそれは知り合いから譲り受けたという中古のドレス。それをベースに義母の古いドレスを解体して布を確保し、今風にアレンジしてくれた。
 正直驚いた。王立図書館から借りた本を片手に、

『こんな感じ?』

 とあっという間にベルを貴族令嬢に仕立て上げてしまった。
 
『ベル、とりあえず希望は口にしないと叶わない。できるできないは俺が決める』

 さも何でもない事のようにそう言い、魔法でも使えるみたいに大抵のことは成し遂げてしまう兄を見て思った。

『ああ、私も誰かの魔法使いになりたい』

 と。
 あの日思い描いた夢は、今もベルの原動力だ。

「さぁ、できましたよ、お姫様。目を開けて」

 最後の仕上げを終えたベルは静かにシルヴィアに告げる。

「わぁー素敵っ。今日はいつも以上に気合いが入っているわね」

 シルヴィアの美しいプラチナブロンドの髪はきれいに結い上げサファイアが煌く髪飾りがより可愛いらしさを引き立てている。
 ピンク色のドレスを可憐に着こなし、ドレスに合わせて化粧をした彼女は12歳とは思えないほど色香を纏っていた。

「それはもう、公爵家使用人総出で全力ですから」

 愛されてますね、シル様と鏡の前で眼を瞬かせるシルヴィアに笑いかけたベルは、

「シルヴィアお嬢様が世界で一番可愛いです。なので、あとは笑顔ですよ! それで大抵乗り切れます」

 女は度胸ですとシルヴィアにエールを送る。

「この髪飾りとネックレス初めて見るわ」

「そちらは本日のためにルキ様がご用意された物です」

 先日お預かりしました、とベルは優しい口調でそう告げる。

「お兄様が?」

「今日は一緒にいてあげられないけど、見守ってるからと」

 妹に自分の眼の色の装飾品を贈るだなんて、なかなかのシスコンぶりですねと嬉しそうに言ったベルは、

「シル様なら、何をすべきか正しく理解し、その才を発揮できると思っています。ご武運を」

 そう言って締め括った。
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