結婚しないために婚約したのに、契約相手に懐かれた件について。〜契約満了後は速やかに婚約破棄願います〜
 夜会会場でルキを見つけるのは簡単だった。令嬢の熱っぽい視線を辿っていけば、必ず彼に辿り着く。
 少し前までパートナーとしてルキの風除けをしていた自分の代わりに傍にいて微笑んでいるのは、優しい色味の赤色の髪をゆるく流し、髪色に合わせた赤いドレスを華やかに着こなした可愛いお姫様。
 彼女が身につけている装飾品の宝石は全部濃紺で統一されていて、ルキの手を取り幸せそうに笑っていた。
 何か楽しい話をしているのだろう。その相手をしているルキの顔がとても穏やかで、力が抜けている。
 いつも夜会でどことなく硬く緊張していた警戒心の固まりのような彼の姿はそこにはなく、見惚れるほど綺麗な笑みを浮かべたルキと可愛い異国のお姫様は一対の絵画のようで、噂が広がるのも頷けた。
 ベルは自分に視線が集まるのを感じながら、ゆっくりルキに近づいていく。
 ルキの耳に入らないようにした上で関係機関には事前にブルーノ公爵がこの催しの通達を出していたから誰に止められる事もなくベルはその舞台に上がる事ができた。

「こんばんは〜素敵な夜会ですね! ブルーノ次期公爵様」

 そう言ってルキの前で足を止めたベルは、淑女らしく綺麗な所作でカーテシーして見せる。
 家格の下の人間が、本来このような場でこんな風に声をかける事など許されない。
 だが、今宵はそれが黙認されている。これは、自分とルキの関係を明確に終わらせるために公爵が用意した舞台なのだから。

「……ベル、なんで?」

 驚いたような濃紺の瞳に満面の笑みを浮かべたベルの姿が映る。

「今夜は契約満了のお知らせに参りました♪いつも我がストラル社をご利用くださりありがとうございます!」

「契約……満了?」

「おや、お忘れですか? 私はあなた様の風除けのための期間限定の契約婚約者。契約期間1年の満了もしくはあなた様が将来を見据える相手を見つけたなら解除される契約だったではありませんか」

 ベルのよく通る声に、居合わせた人々はざわつく。そんな好奇の視線を一身に浴びながら、

「あなた様はおっしゃいました。人生を共にしたい好きな人ができたから契約婚約という名の恋人ごっこを終わらせたい、と。本日公爵家から正式に了承の通達を受けましたのでお知らせに参った次第です」

 ベルは優雅に笑い、ルキにというよりもその隣にいるエステルと居合わせた社交会の観客に聞かせるようにそういって、

「これにて偽物の婚約は幕引き、契約満了後は速やかに婚約破棄願います」

 恭しく礼をした。
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