結婚しないために婚約したのに、契約相手に懐かれた件について。〜契約満了後は速やかに婚約破棄願います〜
 静かに細心の注意を払うかのようにして、ドアの開閉の音はもちろん、足音ひとつさせずに部屋から出てきたベロニカを見て、伯爵はお茶を差し出す。

「ベルは?」

「ようやく、と言えばいいのか。泣き疲れて寝ちゃいました」

 ベルが帰ってきてからずっとそばについていたベロニカは悲しげに金色の目を瞬かせ、静かに現状を話す。

「私、ベルさんとはそれなりに長いお付き合いになりますけれど、彼女があんな風に感情のままに泣くのを初めて見ました」

 結局何も話してはくれませんでしたが、と大きくなったお腹をさすりながらベロニカは伯爵の顔を見る。

「だから公爵家に関わるのはやめとけって言ったんだ。あのお人好しめ」

 誰に似たんだか、とため息混じりに部屋の方に視線をやった伯爵に、

「それ、伯爵が言っちゃいます?」

 本当似たもの兄妹なんですから、とベロニカは優しく笑ってそう言った。

「まぁ、確かにベルのおかげで助かったけど。ベルが満身創痍じゃ割に合わない」

 うちの稼ぎ頭のメンタル崩壊させてくれやがってと伯爵は悪態を吐きながら舌打ちする。

「可愛い妹の危機ですよ。伯爵、なんとかしてあげないんですか?」

「この件に関して俺は何もしない。俺がなんとかしなきゃいけないような男に嫁がせてもベルが苦労するのが目に見えてるし」

 うちの大事な妹はそんなとこにはやりませんという伯爵は、

「とりあえずベルは出向って形で、領地で新規事業でもやらせるかな」

 このまま王都に居させるわけにも行かないし、と以前から用意していた書類をベロニカに見せる。

「あら、ベルさんの服飾関係の事業計画書案じゃないですか。採用するんですね」

「一部な。ベルの事だからそのうち独立するだろ」

 ずっとうちにいてもいいんだけど、と言いながら伯爵はベルの勤務先を新規で立ち上げる支店に変更する通知文を作成した。
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