結婚しないために婚約したのに、契約相手に懐かれた件について。〜契約満了後は速やかに婚約破棄願います〜
人の噂は七十五日というけれど、誰もが羨むロマンス小説のような運命の恋は2月と持たなかった。
「よろしかったのですか? お兄様」
シルヴィアは晴れ晴れとした兄の顔を見ながら、静かにそう尋ねる。
季節が巡りもうすぐ桜が咲き始めるという時期なのに、13歳を迎えたシルヴィアの耳には未だに雪の結晶をモチーフにしたイヤリングが留まっている。
それを見ながら、シルヴィアのプラチナブロンドの髪を撫でたルキは、
「義務を果たせないのなら、仕方ないんじゃないか? 振られてばかりの兄を持つと苦労するな、シル」
と悪びれる事なく肩を竦める。
「お兄様が結婚できなかったとしても、最悪養子でも取ればいいのです。当家にはこーんなに可愛くて絶世の淑女になる予定の公爵令嬢がいるのですから、何の問題もありませんわ」
私これでもモテますのよ? とシルヴィアは得意げに笑って見せた。
******
『……私では、どうしてもダメなのでしょうか?』
縋るような儚げなガーネットの瞳を見ながら、ルキは申し訳なさそうに頭を下げた。
ナジェリー王国からの縁談の申し込みに対し、エステルがこの国では成人の年齢に達していない事と年齢差を理由として婚約ではなく"お試し交際"という形を取らせてもらった。
それでエステルが納得するなら婚約しようという条件にはじめはエステルも浮かれていた。
お試し交際中、ルキはエステルになんでも与えた。
彼女に似合う豪華なドレスも、彼女の欲しがる宝石も、鉱石が好きな彼女のためにそれが見られる博物館の手配もした。
公爵家では皆エステルを丁重に扱ったし、夜会では当然ルキのパートナーを務めた。流石に王女であるエステルに無礼を働くものはいなかったし、ルキに粉をかけに来る者もいなかった。
だが、日を追うごとにエステルは気づく。
どれだけ礼を尽くされても、どれだけ丁重に扱われても、どれだけ物を与えられても、そこにルキの感情が一切反映されていないという事に。
初めは、自分が愛していればそれでいいと思っていた。
あんなに酷い目にあったのだ、傷ついた彼を癒すのが自分の役目だと言い聞かせていたエステルだったが、もともと内向的な性格であったこともあり、異国の地で孤独感を募らせて行った。
デートをしたいと言えば時間を取ってくれた。
廃石活用普及のためのルートが欲しいと言えばすぐさま専門家をつけてくれた。
抱きしめて欲しいと強請ればその通りにしてくれた。
仕事熱心で誠実で丁重に扱ってくれる非の打ち所がない理想的な恋人。
一緒にいればいた分だけどんどん好きになっていくのに、ルキから同等の気持ちが返ってくる事は決してない。
この言葉を口にすれば夢から覚めてしまうと分かっていたのに、耐えきれずに言ってしまった。
私ではダメなのか、と。
酷く傷ついたようなエステルのガーネットの瞳を見ながら、ルキはゆっくり頭を下げた。
『公爵夫人の座も、貴女が望むものもなんでも差しあげます。貴女にとって理想的な恋人でも夫でも演じ続けます。ですから、どうか心だけは自由である事をお許しください』
それがルキの答えだった。
「よろしかったのですか? お兄様」
シルヴィアは晴れ晴れとした兄の顔を見ながら、静かにそう尋ねる。
季節が巡りもうすぐ桜が咲き始めるという時期なのに、13歳を迎えたシルヴィアの耳には未だに雪の結晶をモチーフにしたイヤリングが留まっている。
それを見ながら、シルヴィアのプラチナブロンドの髪を撫でたルキは、
「義務を果たせないのなら、仕方ないんじゃないか? 振られてばかりの兄を持つと苦労するな、シル」
と悪びれる事なく肩を竦める。
「お兄様が結婚できなかったとしても、最悪養子でも取ればいいのです。当家にはこーんなに可愛くて絶世の淑女になる予定の公爵令嬢がいるのですから、何の問題もありませんわ」
私これでもモテますのよ? とシルヴィアは得意げに笑って見せた。
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『……私では、どうしてもダメなのでしょうか?』
縋るような儚げなガーネットの瞳を見ながら、ルキは申し訳なさそうに頭を下げた。
ナジェリー王国からの縁談の申し込みに対し、エステルがこの国では成人の年齢に達していない事と年齢差を理由として婚約ではなく"お試し交際"という形を取らせてもらった。
それでエステルが納得するなら婚約しようという条件にはじめはエステルも浮かれていた。
お試し交際中、ルキはエステルになんでも与えた。
彼女に似合う豪華なドレスも、彼女の欲しがる宝石も、鉱石が好きな彼女のためにそれが見られる博物館の手配もした。
公爵家では皆エステルを丁重に扱ったし、夜会では当然ルキのパートナーを務めた。流石に王女であるエステルに無礼を働くものはいなかったし、ルキに粉をかけに来る者もいなかった。
だが、日を追うごとにエステルは気づく。
どれだけ礼を尽くされても、どれだけ丁重に扱われても、どれだけ物を与えられても、そこにルキの感情が一切反映されていないという事に。
初めは、自分が愛していればそれでいいと思っていた。
あんなに酷い目にあったのだ、傷ついた彼を癒すのが自分の役目だと言い聞かせていたエステルだったが、もともと内向的な性格であったこともあり、異国の地で孤独感を募らせて行った。
デートをしたいと言えば時間を取ってくれた。
廃石活用普及のためのルートが欲しいと言えばすぐさま専門家をつけてくれた。
抱きしめて欲しいと強請ればその通りにしてくれた。
仕事熱心で誠実で丁重に扱ってくれる非の打ち所がない理想的な恋人。
一緒にいればいた分だけどんどん好きになっていくのに、ルキから同等の気持ちが返ってくる事は決してない。
この言葉を口にすれば夢から覚めてしまうと分かっていたのに、耐えきれずに言ってしまった。
私ではダメなのか、と。
酷く傷ついたようなエステルのガーネットの瞳を見ながら、ルキはゆっくり頭を下げた。
『公爵夫人の座も、貴女が望むものもなんでも差しあげます。貴女にとって理想的な恋人でも夫でも演じ続けます。ですから、どうか心だけは自由である事をお許しください』
それがルキの答えだった。