結婚しないために婚約したのに、契約相手に懐かれた件について。〜契約満了後は速やかに婚約破棄願います〜
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リィーゼ・フィールはブルーノ公爵家の縁戚にあたる子爵家の令嬢で、とても華のある美しい人だった。
公爵家に連なる一派に属するだけあって、子爵令嬢とは思えないほど淑女としてのマナーと教養を兼ね備えていた彼女は多くの人間に妻として望まれた。
人目を引く容姿に物怖じしない性格。相手が誰であっても忌憚なく意見を述べる彼女。それはルシファーに対しても変わらなかった。
公爵家の跡取りとして育てられ、一歩引かれて敬われることに慣れていたルシファーの目にはリィーゼがとても新鮮であっという間に惹かれていった。
公爵家からの申し出を子爵家が断れるはずもなく、リィーゼが18歳の成人を迎えると同時に彼女は請われるまま次期公爵夫人となった。
途端に、リィーゼの生活は一変した。豪華な屋敷に一級品のドレスや装飾品。夫から与えられる何不自由ない生活。
リィーゼが今まで知らなかった世界がそこにあった。
だがリィーゼの自由奔放さも物言いも格式高い名門公爵家では通用しない。リィーゼは必死に次期公爵夫人になるためにその型にハマろうと努力した。
それなのに望まれて結婚したはずの夫は仕事ばかりで会話もない。物だけが与えられ、心が返ってこない。
花よ蝶よと持て囃されて当然のように愛されていた彼女には耐えがたい苦痛だった。
それでもリィーゼは夫を愛そうとした。自分によく似た子が生まれた時、初めてルシファーから労われ感謝された。
この子は公爵家の跡取りだ、と。
それまでとは変わりルシファーが自分に会いに来てくれるようになったことで、我が子が益々可愛く思えたリィーゼは自分の持てる限りの愛情を全て我が子に捧げた。
だけど、それもルキが3歳になるまでだった。
後継者教育をしなくてはいけない。
当然のようにリィーゼからルキは引き離された。
それがブルーノ公爵家のやり方だったからだ。
その日からだった。
リィーゼが反抗的に、癇癪を起こすようになったのは。
衝動的に不必要な物を買い漁り、夜会を渡り歩き、火遊びに身を投じる。
だが、リィーゼが何をしでかしてもルシファーは咎めなかった。
リィーゼを愛していたルシファーはそれを寛容な心で赦していた。だが、リィーゼにとってそれはただの"無関心"でしかなかった。
何をしても、眉ひとつ動かさず、諌めてすらくれない。
それはリィーゼからすれば愛などではなく、ルシファーにとってリィーゼなど取るに足らない人間だ、と言われているも同じだった。
愛されている実感がない。リィーゼの行動はどんどんエスカレートしていくが、なまじ地位が高く誰かを害しているわけでもないため、誰も彼女を止めることはなく、何も変わらなかった。
ルシファーが爵位をついで公爵になっても、ずっと。
その上目に入れても痛くないほど愛した息子は後継者教育を受けてどんどん公爵家の人間になっていく。
きっと、このままではルキも誰も愛せない子になる。
ルシファーとすれ違い続けて、疲れたリィーゼは最後の望みをかけて子どもを生んだ。またあの頃みたいに戻れたら、と。
だが生まれた子は女の子で、一人っ子だったルシファーは、シルヴィアをどう扱えばいいのか分からなかった。
泣き喚くリィーゼを前に、かける言葉を見つけられなかったルシファーに、リィーゼはただ一言。
『もう、いい』
とだけいった。リィーゼの中で愛情というものが枯渇した瞬間だった。
リィーゼはただルシファーから妻として愛されたかったのだ。それが叶わず、逃げたいとつぶやいた彼女の手を取った使用人の男性と出て行ってそのまま帰らぬ人となった。
リィーゼが逃亡した日は大雨で視界が悪く、不幸な事故だった。
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リィーゼ・フィールはブルーノ公爵家の縁戚にあたる子爵家の令嬢で、とても華のある美しい人だった。
公爵家に連なる一派に属するだけあって、子爵令嬢とは思えないほど淑女としてのマナーと教養を兼ね備えていた彼女は多くの人間に妻として望まれた。
人目を引く容姿に物怖じしない性格。相手が誰であっても忌憚なく意見を述べる彼女。それはルシファーに対しても変わらなかった。
公爵家の跡取りとして育てられ、一歩引かれて敬われることに慣れていたルシファーの目にはリィーゼがとても新鮮であっという間に惹かれていった。
公爵家からの申し出を子爵家が断れるはずもなく、リィーゼが18歳の成人を迎えると同時に彼女は請われるまま次期公爵夫人となった。
途端に、リィーゼの生活は一変した。豪華な屋敷に一級品のドレスや装飾品。夫から与えられる何不自由ない生活。
リィーゼが今まで知らなかった世界がそこにあった。
だがリィーゼの自由奔放さも物言いも格式高い名門公爵家では通用しない。リィーゼは必死に次期公爵夫人になるためにその型にハマろうと努力した。
それなのに望まれて結婚したはずの夫は仕事ばかりで会話もない。物だけが与えられ、心が返ってこない。
花よ蝶よと持て囃されて当然のように愛されていた彼女には耐えがたい苦痛だった。
それでもリィーゼは夫を愛そうとした。自分によく似た子が生まれた時、初めてルシファーから労われ感謝された。
この子は公爵家の跡取りだ、と。
それまでとは変わりルシファーが自分に会いに来てくれるようになったことで、我が子が益々可愛く思えたリィーゼは自分の持てる限りの愛情を全て我が子に捧げた。
だけど、それもルキが3歳になるまでだった。
後継者教育をしなくてはいけない。
当然のようにリィーゼからルキは引き離された。
それがブルーノ公爵家のやり方だったからだ。
その日からだった。
リィーゼが反抗的に、癇癪を起こすようになったのは。
衝動的に不必要な物を買い漁り、夜会を渡り歩き、火遊びに身を投じる。
だが、リィーゼが何をしでかしてもルシファーは咎めなかった。
リィーゼを愛していたルシファーはそれを寛容な心で赦していた。だが、リィーゼにとってそれはただの"無関心"でしかなかった。
何をしても、眉ひとつ動かさず、諌めてすらくれない。
それはリィーゼからすれば愛などではなく、ルシファーにとってリィーゼなど取るに足らない人間だ、と言われているも同じだった。
愛されている実感がない。リィーゼの行動はどんどんエスカレートしていくが、なまじ地位が高く誰かを害しているわけでもないため、誰も彼女を止めることはなく、何も変わらなかった。
ルシファーが爵位をついで公爵になっても、ずっと。
その上目に入れても痛くないほど愛した息子は後継者教育を受けてどんどん公爵家の人間になっていく。
きっと、このままではルキも誰も愛せない子になる。
ルシファーとすれ違い続けて、疲れたリィーゼは最後の望みをかけて子どもを生んだ。またあの頃みたいに戻れたら、と。
だが生まれた子は女の子で、一人っ子だったルシファーは、シルヴィアをどう扱えばいいのか分からなかった。
泣き喚くリィーゼを前に、かける言葉を見つけられなかったルシファーに、リィーゼはただ一言。
『もう、いい』
とだけいった。リィーゼの中で愛情というものが枯渇した瞬間だった。
リィーゼはただルシファーから妻として愛されたかったのだ。それが叶わず、逃げたいとつぶやいた彼女の手を取った使用人の男性と出て行ってそのまま帰らぬ人となった。
リィーゼが逃亡した日は大雨で視界が悪く、不幸な事故だった。
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