結婚しないために婚約したのに、契約相手に懐かれた件について。〜契約満了後は速やかに婚約破棄願います〜
コーヒーをゆっくり飲み干してカップを置いたヴィンセントは、
「ルシファーは公爵家後継者としてずっと感情抑制をさせてきたからね。その上もともとはっきり物を言うタイプでもない。リィーゼの事を愛していてもそれをうまく伝えられなかった」
静かにそう締めくくった。
お互いに気持ちはあったのだとしても、受け取るのも伝えるのも下手で、歩み寄ることができなかった2人の物語。
『物事には理由があるんです。どんな事でも。例えあなたにとっては取るに足らない、理解を超える事だったとしても』
シルヴィアの癇癪に対して、ベルがそう言っていた事を思い出す。
もし、どこかで母のその行動の意味を拾い上げて、誰かが寄り添っていたのなら、何かが変わっただろうか?
ルキは初めて聞いたその話を自分の中で噛み砕きながらそんな事を考える。
「ベルちゃんはね、昔から人の感情にかなり敏感で聡い子だった。そうならざるを得ない環境に居たというのが大きいんだけど」
ヴィンセントはじっと黙って考え込むルキに静かに言葉を紡ぐ。
「その上キース君同様随分お人好しで世話焼きだから彼女ならルキとしっかり向き合ってくれるかなと思っていたんだけど、私の読みは正しかったようだね」
人と深い部分で関わることができなかったルキはベルとの関わりを通して、多方向から物事を考え、目を逸らしていた部分と向き合えるようになったようだと、きっかけをくれたベルにヴィンセントは心から感謝する。
「……ベルを……彼女を私の婚約者にした理由はそれだけですか?」
ルキは静かに口を開く。
「私のため、というのはもちろんあったのでしょうが……ベル自身の保護が目的だったのではありませんか?」
「根拠は?」
そう言ったルキにスッと目を細めたヴィンセントが面白そうに尋ねる。
「ただの可能性の話です。彼女は本来なら保護しなければならない人間の血を引いている……例えば王族とか」
ヴィンセントの様子に確信したようにルキは言葉を続ける。
「ベルが持っていたという懐中時計。子どもですら売るのを躊躇うくらい一目で高価と分かり、今まで見向きもしなかった子どものもとに先代伯爵に足を運ばせる代物。ただの庶民が持つものではないでしょう」
実物を見ていないのでなんとも言えませんが、とルキは自分の懐中時計をテーブルに乗せる。
「これは、公爵家以上王族の血が入っているものに与えられる出自の証明書です。ベルは……正確にはベルの母親はこれを持っていたんじゃないですか?」
国に登録されている印章にも家紋の中にも存在しない、非公式の証。
それは、唯一無二のその人を示すガラスの靴。
「……確かめようが、ないんだよね」
ふぅーっと長い長いため息をついて、ヴィンセントは苦笑する。
「友人の、孫娘……かもしれない。そう確信に近く疑うくらいには、ベルちゃんの容姿は彼女に瓜二つだった」
いっそのことハル君のようにストラル伯爵家寄りの顔立ちだったら放っておいてあげられたんだけど、と言ったヴィンセントは一枚の姿絵をルキに見せる。
随分古ぼけた姿絵のその人は、今のベルによく似ていた。
「彼女は先代陛下の妹姫で王族としては廃籍になり、その後亡くなっている」
「廃……籍?」
王族の廃籍などよほどの理由が必要だ。訝しげにその姿絵に視線を落とすルキにヴィンセントは笑って、
「大した事はしていない。ただ、恋に落ちてその人の子を産んだ。それだけだよ」
と言った。
「ルシファーは公爵家後継者としてずっと感情抑制をさせてきたからね。その上もともとはっきり物を言うタイプでもない。リィーゼの事を愛していてもそれをうまく伝えられなかった」
静かにそう締めくくった。
お互いに気持ちはあったのだとしても、受け取るのも伝えるのも下手で、歩み寄ることができなかった2人の物語。
『物事には理由があるんです。どんな事でも。例えあなたにとっては取るに足らない、理解を超える事だったとしても』
シルヴィアの癇癪に対して、ベルがそう言っていた事を思い出す。
もし、どこかで母のその行動の意味を拾い上げて、誰かが寄り添っていたのなら、何かが変わっただろうか?
ルキは初めて聞いたその話を自分の中で噛み砕きながらそんな事を考える。
「ベルちゃんはね、昔から人の感情にかなり敏感で聡い子だった。そうならざるを得ない環境に居たというのが大きいんだけど」
ヴィンセントはじっと黙って考え込むルキに静かに言葉を紡ぐ。
「その上キース君同様随分お人好しで世話焼きだから彼女ならルキとしっかり向き合ってくれるかなと思っていたんだけど、私の読みは正しかったようだね」
人と深い部分で関わることができなかったルキはベルとの関わりを通して、多方向から物事を考え、目を逸らしていた部分と向き合えるようになったようだと、きっかけをくれたベルにヴィンセントは心から感謝する。
「……ベルを……彼女を私の婚約者にした理由はそれだけですか?」
ルキは静かに口を開く。
「私のため、というのはもちろんあったのでしょうが……ベル自身の保護が目的だったのではありませんか?」
「根拠は?」
そう言ったルキにスッと目を細めたヴィンセントが面白そうに尋ねる。
「ただの可能性の話です。彼女は本来なら保護しなければならない人間の血を引いている……例えば王族とか」
ヴィンセントの様子に確信したようにルキは言葉を続ける。
「ベルが持っていたという懐中時計。子どもですら売るのを躊躇うくらい一目で高価と分かり、今まで見向きもしなかった子どものもとに先代伯爵に足を運ばせる代物。ただの庶民が持つものではないでしょう」
実物を見ていないのでなんとも言えませんが、とルキは自分の懐中時計をテーブルに乗せる。
「これは、公爵家以上王族の血が入っているものに与えられる出自の証明書です。ベルは……正確にはベルの母親はこれを持っていたんじゃないですか?」
国に登録されている印章にも家紋の中にも存在しない、非公式の証。
それは、唯一無二のその人を示すガラスの靴。
「……確かめようが、ないんだよね」
ふぅーっと長い長いため息をついて、ヴィンセントは苦笑する。
「友人の、孫娘……かもしれない。そう確信に近く疑うくらいには、ベルちゃんの容姿は彼女に瓜二つだった」
いっそのことハル君のようにストラル伯爵家寄りの顔立ちだったら放っておいてあげられたんだけど、と言ったヴィンセントは一枚の姿絵をルキに見せる。
随分古ぼけた姿絵のその人は、今のベルによく似ていた。
「彼女は先代陛下の妹姫で王族としては廃籍になり、その後亡くなっている」
「廃……籍?」
王族の廃籍などよほどの理由が必要だ。訝しげにその姿絵に視線を落とすルキにヴィンセントは笑って、
「大した事はしていない。ただ、恋に落ちてその人の子を産んだ。それだけだよ」
と言った。