結婚しないために婚約したのに、契約相手に懐かれた件について。〜契約満了後は速やかに婚約破棄願います〜
「なるほど、契約結婚……っていうか、利権絡めまくりな政略結婚ね」

 ベルは提示された書類を改めてめくる。
 全部とはいかなくてもそれはベルがやりたかった内容を実現可能な形に落とし込んでいて、将来性も充分見込める。
 とても忙しかったはずなのに、ここまで話を持ってくるために、ルキはどれだけ準備に時間をかけたんだろうと思いながら見事な企画に思わず見入ってしまう。
 
「質問しても?」

 最後のページで手を止めたベルは、そう言って顔を上げる。

「なんなりと」

「契約結婚なのに、結婚生活の条件項目ほぼ白紙ってなんなの? 普通ここ作り込んで来ない? 婚姻費いくらとか。お互い不干渉とか。パーティーへの同伴はどの程度とか。何年以内に子どもが生まれなかったら離婚とか」

 ベルは最後のページを指さして、契約結婚ってなんだろうと笑う。
 そこには一言、シルヴィアだけじゃなくて自分の事も構って欲しいと書かれていた。

「そのページはベルと一緒に考えたかったから」

 そう言ったルキはベルの髪に手を伸ばし、さらりと彼女の髪を撫でながら、

「俺は公爵家の人間だから、自分の好き嫌いだけで妻は選べない。でも政略結婚の相手がたまたま好きな人なのは、誰も文句言えないでしょ」

 そう言ってふわりと優しくベルに笑いかける。
 好きな人と言われてベルはアクアマリンの瞳を瞬かせ息を呑む。

「俺はベルに出会えて良かったってずっと思ってる」

 ベルのその目に自分が映っている事を確認しながら、ルキはゆっくり言葉を紡ぐ。

「初めて父とまともに喧嘩したよ。ベルに失礼な事をしてすまなかった。父にも正式に謝罪させるから、許して欲しい」

「それは別に怒ってないんだけど、ルキが喧嘩?」

 嘘でしょう? と驚いたようにベルは目を見開く。こんな、虫も殺せないくらい優しいルキが、と。

「本当。ずっとお互い話し合う事から逃げてたから、いい機会になったよ。父の本音も聞けたし、母のことも聞いたんだ」

「……ルキのお母さん」

 あんなに苦々しく母親を語っていたとは思えないほど穏やかな顔をしてルキは頷く。

「多分、片方だけが一方的に悪いってことはないんだろうなって、話を聞いて思ったよ。俺は母の事情を知ろうともしなかった。シルと父と3人で墓参りも行ってきたよ」

「そっか」

 公爵はどうやらささやかななお願いも聞いてくれたらしい。
 家族だから必ずしも分かり合えるとは限らないが、それでも家族と向き合う事がルキにとってプラスになったなら嬉しいとベルは話を聞きながらそう思う。
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