結婚しないために婚約したのに、契約相手に懐かれた件について。〜契約満了後は速やかに婚約破棄願います〜
「全部、ベルのおかげだよ。君は1年前のお見合いで宣言した通り俺の抱える問題を全部解決してくれた」

 ルキの話を聞きながら自分の事のように嬉しそうにしてくれるベルを見ながら、

『その期間で次期公爵様のお困り事、私が全て解決して見せます』

 とドヤ顔で言っていた彼女の事を思い出しルキはクスッと笑う。

「ベルは俺にとって間違いなく"魔法使い"だったよ」

 そう言われたベルは、ぎゅっと胸が熱くなる。込み上げてくるこの感情は一体なんと呼ぶのだろう?
 気持ちを言葉にできなくてただ見つめるベルの頬に手を当てて、

「俺は本当にベルに感謝してる。そして、できたら今度は俺がベルの力になれたらなって思ってる」

 濃紺の瞳は優しく微笑む。

「俺はベルが好きだよ。これから先ずっと一緒にいて欲しいって思ってる。だから、そうできる方法を一生懸命考えてみた。ベルに好きになってもらえるように、努力するからベルも俺の事を選んでもらえないかな? ベルが大事にしたいもの、一緒に守れるように頑張るから」

 ルキの言葉はいつも真っ直ぐで、ベルの目から涙が落ちる。
 契約満了を告げたあの日、泣くだけ泣いてこの感情は忘れようと思ったはずなのに、ルキは貴族としての義務もベルのやりたいことも全部満たして迎えに来てくれた。
 これは誰もが羨む小説のような恋物語じゃなくて、とても現実的な政略結婚だ。
 だけどルキがこの提案をするために、あの日諦めてしまった自分の事を沢山考えてきてくれたのだと思うと、色んな感情が混ぜこぜになって涙が止まらなくなり、これ以上素敵なプロポーズはないのではないかとベルは思う。

「ベルの生涯を共にする相手が俺じゃ嫌?」

 涙をそっと拭ったルキは、ベルに静かに尋ねる。
 嫌なわけではない。次期公爵の妻なんて絶対気苦労が絶えないけれど、それでもきっとルキならこれから先、楽しい時も辛い時も一緒にいる努力をしてくれると思う。
 だけど、とベルは目を伏せると

「そもそもの話、無理だよ。だって私は、あなたと婚約破棄してるのよ」

 否定も肯定もせずに事実だけを端的に述べた。
 一度婚約破棄をした者同士は3年の冷却期間と審査が必要になる。公衆の面前であんな騒ぎを起こした自分が公爵家と再び婚約できるとは思えない。
 そう言ったベルの頬を軽く撫でベルのチョコレートブラウンの髪を掬って指で絡めたルキは、

「その点は心配いらない。書類出してないから」

 そのまま髪にキスを落としてそう言った。

「……はっ?」

 驚き過ぎて涙が止まったベルに、イタズラでも成功したかのように笑ったルキは、

「書類上、俺とベルまだ婚約中だから。何なら今すぐにでも結婚できるよ」

 しれっとそんな事を宣った。
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