結婚しないために婚約したのに、契約相手に懐かれた件について。〜契約満了後は速やかに婚約破棄願います〜
 共同事業についての返事は直ぐにはできないけれど、自分の気持ちだけは伝えておきたい。
 そう思ったベルは空を指さし、

「ねぇ、ルキ。今夜は月がきれいだね」

 と雲ひとつない夜空に浮かぶ満月を指して静かにそう言った。ベルの指先を辿って釣られるように空を仰いだルキは、

「あ、本当だ。今日満月だったんだね。晴れてるし、もう雨も降らなさそうで良かったよ」

 そう返答を寄越した。素でそう言われて星がよく見えるなんて呑気に笑うルキの顔を見て、空振りしたことを悟ったベルは慣れない事をするんじゃなかったと唐突に恥ずかしくなる。

「……ルキの……ばーか。ほんっと、残念っ!」

 突然のベルの暴言に視線を戻せば顔を両手で覆っているベルの事が目に入る。耳が赤く染まっているベルは、言い損っ、もう知らないと拗ねた口調でそういった。
 何を急にと焦ったルキは、以前ベルに自分が教えた事を思い出す。
 その解に辿り着いたルキは、熱が移ったように顔が赤くなるのを感じながらベルと距離を詰め、

「俺今誘われてる、で合ってる?」

 念の為ベルに確認する。

「もう知りませんし、言いません」

 ふいっとそっぽをむいたベルを見てルキは口元を手で覆う。

「いや、だって普段絶対しないだろ? 貴族語面倒くさいとか言って」

 貴族としての立ち振る舞いはなんら問題ないベルが面倒だと言って眉を顰めていた貴族独特の言い回しや隠語。
 言いたい事ははっきり言ってくれる? と覚えようとしなかったそれを使う意味を考えてルキはそっとベルに近づく。

「……俺だけが、ずっとベルの事好きなんだと思ってた」

 そっとベルの手を取れば顔を赤くした彼女のアクアマリンの瞳の中に確かに自分と同じ恋情の色を見つけルキは嬉しそうに微笑む。
 ずるいなぁと口の中で転がしたベルは素直にルキに腕を伸ばして抱きつくと、

「私もルキが好きよ。だから、これからの事真剣に考えてみるね」

 あの日寝ているルキにも言えずに飲み込んだ言葉をようやく口にしてベルは幸せそうに笑った。
 可愛くて優しくて逞しいクルクル表情の変わる貴族令嬢らしくない彼女。
 手放したくないと思った大事な人を捕まえて嬉しそうに笑ったルキは、ベルの顔を覗き込み、

「月がきれいだね、ベル」

 そう言って優しくベルにキスをした。

 政略結婚の縁談を持ち帰ったベルが共同事業について社内で検討し、何度も何度もルキと結婚の条件について話し合いを重ねて、ストラル社での引き継ぎを終えてブルーノ公爵家に嫁いだのはそれから半年後の事だった。
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