結婚しないために婚約したのに、契約相手に懐かれた件について。〜契約満了後は速やかに婚約破棄願います〜

「おかえりなさいませ、旦那様」

　帰宅したルキを出迎える人の中にベルがおらず、まだ帰ってないのだろうかとルキは首を傾げる。

「おかえりなさいませ、お兄様」

　声のした方に目をやればゆっくりとした足取りで優雅に螺旋階段を降りて来たシルヴィアの姿が目に入った。
　いつも着ている華やかなドレスではなく、落ち着いているがとても品のある薄紫のドレスで宝石の代わりにレースで作った薔薇が散りばめられており、見る角度によって色が変化するそれは、シルヴィアにとても似合っていた。
　ドレスに合わせた小さな石を散りばめた髪飾りとお揃いのネックレスに耳飾り。公爵令嬢が着ても品位を落とさないその装いを見て、

「＂月の番犬＂の新作かな。よく似合ってるよ、シル」

　とルキは可憐に着こなす妹を褒める。

「でしょー！　珍しい生地だから絶対採用したいって、ベルが現地で粘った甲斐があったわよね！　私、明日からのお茶会はしばらくうちの商品を着てしっかり宣伝してくるから、期待しててね」

　ストラル伯爵家と共同事業で立ち上げた商会＂月の番犬＂の宣伝担当になりつつあるシルヴィアはその場で優雅にカーテシーをして見せる。
　視野を広げたいからと学園に編入したシルヴィアは、身分問わず交流を持ち意欲的に社交をこなし頼もしい限りだ。
　そんなシルヴィアの成長を微笑ましげに見たルキは、

「ところでうちの＂魔法使い＂はどこに消えたのかな？」

　と姿が見えないベルの所在を尋ねる。

「ベルなら2階でサンプルの試着中」

　今度大々的に夏に向けたイベントやるんだってとシルヴィアは楽しそうにそう言うと、

「あ、30分以内に戻って来なかったら私先にごはん食べちゃうからごゆっくり」

　と階段を上がるルキの背中を見送った。