結婚しないために婚約したのに、契約相手に懐かれた件について。〜契約満了後は速やかに婚約破棄願います〜

番外編1 予定とはあくまで未定である。

 本日はルキとの面会日。
 結婚の日取りも決まり、様々な条件も話し合って契約書も交わした。
 ルキと向かい合って温室でお茶を飲みながら、ベルはクスッと笑みを溢す。

「どうしたの? ベル」

 不思議そうに首を傾げたルキの柔らかな金糸がさらりと流れる。私の婚約者殿は今日も麗しいなと思いながら、

「いえ、初めてここでお会いした時はまさか本当に結婚することになるなんて思わなかったな、と」

 そう言って微笑む。
 先程までビジネスモードだったため敬語が抜けきらないベルを見ながら、同意するように優しく笑ったルキは、

「本当だね。でも今はベルがお嫁に来てくれる日が待ち遠しいよ」

 と恥ずかしげもなくそう言葉にする。

「………あなたは、また」

 言われる身にもなって欲しいとうっかりガシャっと音を立ててカップを置いてしまうくらい動揺したベルに、

「ベルを見習って大事な事はちゃんと言葉にしておこうと思って」

 ルキはニコニコニコニコととてもいい笑顔で追い打ちをかけた。

「あ、そうだ。結婚指輪できたみたいだから後で確認しようね」

「ええー、いらないって言ったのに。結局作ったの!?」

 自身の指に止まる婚約指輪に視線を落とし、ベルは貧乏人には重いんだけどとため息をつく。

「これで、十分だって言ったのに」

「シンプルなやつにしたから、合わせてつけたらいいよ」

「いや、そういう問題じゃなくて」

 シンプル、とルキは言ったがそれにしたって絶対高い品に決まっている。自分が決めた事だとはいえ、それらに囲まれてこれから生活していくのかと思うと気が重いと思ってしまう自分はやはり貴族には向いていない。

「ベル。俺は君の倹約質素なところも好ましいと思っているし、うちに来たからといって全部をこちらに合わせろなんていう気はない。メイド服着ようが、庭に農園作ろうが、使用人たちと賄い飯食べようが一切文句言わない。むしろ混ぜて欲しい。だから、指輪だけはつけておいて欲しいんだ」

 そんなベルにとても真剣な顔をしてルキがそういうのを受け止めたアクアマリンの瞳は口元を押さえ、

「………ルキ……知らなかったわ。あなたメイド服着たかったのね。言ってくれれば良かったのに」

 なんならバニーも用意しようか? とどこからかスッと注文書を出した。

「……そういう人だよ、君はっ! 誰が着るかーーーー!!」

 真面目な話してたのにとルキは全力でツッコミを入れた。


「ごめんって、ルキ。機嫌直して」

 やばい、脇腹痛いっとまだクスクス笑っている婚約者を拗ねたような目で見ながら、ルキはベルのそばに来て傅き彼女の手を取る。

「あのね、ベル公爵家に嫁ぐってことは」

「要するに、あなたの敵は全部私の敵で、この指輪は私を守るためのものでしょ? ちゃんと分かっています」

 心配そうに見上げてきた濃紺の目を見ながら、

「大丈夫、大丈夫。私に付きまとう悪評が一つ二つ増えたところで気にしないわ。ご令嬢の嫉妬も、悪意も、それ以外も全部蹴散らしてあなたの隣にちゃんといます」

 ベルはルキに手を重ね優しい口調で言葉を紡ぐ。

「まぁでも、心配性の未来の旦那様のために指輪くらいは折れてあげる。んでもって、指輪代くらい利子付きで返せるくらい稼ぎますかね」

 私にまっかせなさいっと勝気なアクアマリンの瞳が楽しそうに笑ってそういった。

「……ホント、俺の未来のお嫁さんは逞しいな」

 そんなベルの事を眩しそうに見たルキは嬉しそうにそう言って、

「今日は、伯爵家に帰さないから覚悟してね」

 コツンと額を合わせて赤面するベルに囁くようにそう言った。

 たまにはゆっくりベルと過ごそうと思っていたルキの目論見が外れ、ベルをデートに誘う直前に学園から早退してきたシルヴィアにベルとのデート権を掻っ攫われるのも、久しぶりのお泊まりなんだから女子会をするわと言ってベルを独占されてしまうのもそれから数時間後のお話。
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