結婚しないために婚約したのに、契約相手に懐かれた件について。〜契約満了後は速やかに婚約破棄願います〜

番外編4 幸せな契約結婚

『結婚』

 貴族の家に生まれ育った令嬢ならば当たり前に意識するそれは、ベルの人生設計には存在しない選択肢だった。
 恋愛ごとに興味がない、というよりも自分を目に止める異性から読み取れる自分の事を軽んじる見え透いた欲がただ単純に不快だったからだ。
 元々平民として生きていた幼少期に特別自分を不幸だと思った事はない。だから、この身に貴族の血が流れていようがいまいがベルにとっては些細な事でしかなかった。
 だというのに、生まれなど自分ではどうしようもない部分でヒトのことを貶めようとする残念な輩が一定数存在する。
 貴族の庶子であるならば、ヒトとしての尊厳など踏み躙っても構わないとでもいうかのように。
 そんな出来事も戯言も取るに足らない事と無視をして、ただ自分を大切に愛してくれている人達だけを信じ、それに恥じないように背筋を伸ばし自分の力で自立する事を目指していた。
 ……はずなんだけど、人生何が起こるか分からないなぁとベルは鏡に映った自分を見て思う。

「ベル! すごく綺麗だわ」

「ベルさん、とっても素敵です」

 純白のドレスに身を包み、化粧を施されたベルを見てシルヴィアとベロニカがそう言って賛辞を述べる。

「ありがとうございます。2人もとっても綺麗ですよ」

 幸せそうに微笑むベルを見ながら、

「はぁ、あんなに小さかったベルさんがお嫁に行ってしまうんですね」

 ベロニカは感慨深そうにそう言った。

「公爵家が嫌になったらいつでも帰ってきていいですよ?」

 ふふ、っと笑ったベロニカが金の目に揶揄うような色を滲ませる。

「ベルは返しませんよ!? もうベルは私の義姉です」

 絶対ダメっと拒否するシルヴィアの方を見たベロニカは、

「シルさんは本当にベルさんの事が大好きですね。でもベルさんは結婚しても私の義妹です」

 にこやかに笑うとシルヴィアと視線を合わせてはっきりそう言う。

「そ、それはそうだと思いますけど」

「そして、ベルさんの義妹は私にとっても大事な妹のような存在です。困った事があってもなくても、いつでもうちに来ていいですよ。もちろん、ベルさんも」

 それは覚えておいてくださいね、と微笑むベロニカに羨望の眼差しを向けたシルヴィアは、

「ベロニカお義姉様好きー」

 これからお義姉様って呼ぶとベロニカに抱きついてそう宣言した。

「あ、それ私の専売特許」

 私もお義姉様とシル様に抱きつきたいと挙手したベルに、

「ベルさんはセット崩れるからダメです。あと今日はレノの抱っこもダメですよ」

 めっ、とベロニカは義姉らしく叱った。

 
 大聖堂での結婚式は厳かに執り行われ、その後のガーデンパーティーもかなり好評だった。
 気候のいい時期で晴天に恵まれて良かったなと滞りなく終わった結婚式と披露宴を振り返り、2度とやりたくないほど大変だった準備が報われて本当に良かったとベッドに横たわった。

「そう言えばなんでこの部屋に通されたのかしら?」

 早々に自室に戻る気満々だったベルに待ったをかけたのは侍女長で、他のメイドたちにも泣き脅しされたベルはエステとマッサージを受け、やたらと可愛い新品の寝衣に着替えさせられ、今まで入ったことのないこの部屋に通された。

「客室……にしては広い?」

 部屋の中にも部屋があり、公爵家は本当に広い屋敷だなぁと考えながらベルはうとうとし始めた。
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