結婚しないために婚約したのに、契約相手に懐かれた件について。〜契約満了後は速やかに婚約破棄願います〜
 パーティー会場に入ってからずっとルキに付き纏う要注意人物がいた。
 彼女の名前は、カロリーナ・ケインズ。仕事上のルキの上司、ケインズ侯爵の一人娘なのだという。
 カロリーナは以前パーティーで氷の貴公子と呼ばれるルキが父親と話しているのを見た瞬間から、雷に打たれたような衝撃を受けて以来、ルキが自身と結ばれるべき運命の相手と信じて疑わなかった。
 当然、父親を通してルキと縁組できるように公爵家に打診もしているし、パーティーや夜会などルキに会えるチャンスがあれば積極的に彼の側に行き、アピールを行ってきた。
 だというのに、本日ルキは婚約者としてベルという女をパートナーとして連れてきた。ショックを受けると同時にこの程度の女など敵ではない、むしろルキと自分が結ばれるための当て馬だとベルの事を認識し、今日も今日とてガンガンルキに近づいているのだった。

「ルキ様、私と一曲踊っていただけませんか?」

 カロリーナは艶のある声で、優雅にルキにアピールする。

「見て分からないか? 婚約者と来ているんだ。彼女と以外踊らない」

 だが、ルキは一切取り合わずバッサリ切り捨ててベルの肩を抱くと、わずかに表情を崩してベルに笑いかけ、

「ベル、あっちで踊ろうか?」

 と、ベルをダンスに誘ってカロリーナから逃げる。

「カロリーナ様からめちゃくちゃ見られてますね。射殺されそうなくらいの眼力です。今日のこの短時間でルキ様への付き纏い行為(好き好き攻撃)5回目。なかなかの鋼の心臓の持ち主(フルメタルレディ)ですねぇ」

 ダンスを踊りながら、ベルは苦笑しつつルキに小声で話しかける。

「……以前からだ。家格は下だが、上司が溺愛している一人娘でな。上司との関係もあって放置している。……それにしてもベル、ダンス上手いな」

「なるほど。上司からしてもルキ様と一人娘が結ばれてくれれば万々歳でしょうし。本当ですか? 実は公式的に踊るのデビュタント以来でして」

 ふふ、うちには優秀な教師が3人いますから、と嬉しそうにベルは笑う。

「卒業パーティーとか機会あっただろ?」

「私の友達はみんな婚約者いましたし、卒業パーティーはここぞとばかりに人脈作りに勤しんでたので。ああ、そういえば家族以外と踊るのもはじめてですね」

 ルキのリードは踊りやすく、失敗もせずに済みそうだ。チラッとカロリーナを目で確認したベルは、

「このままあっち側に抜けられそうです? ちょっと休憩しましょうか?」

 関わらない方が無難かとカロリーナがいる方とは真逆の場所に逃げる事にした。

「ハイ、飲み物どうぞ。直接ボーイさんからもらったので大丈夫かと思いますが、一応毒味しましょうか?」

 目を離すとすぐに令嬢に絡まれるルキをバルコニーに連れていったベルは、ルキの分の水を渡してそう尋ねる。

「いや、大丈夫だ」

「お酒は嗜まれないんですか?」

「まぁ酔うことはないと思うが、万が一でも付け入る隙を見せて女に絡まれたら嫌だからこういう場では飲まないようにしてる」

「……本当に難儀な生き方してますね。額に皺寄りっぱなしですよ」

 クスッと笑ったベルは指をルキの方に伸ばし、額の皺を伸ばすかのように触る。

「大丈夫ですよ、ちょっとくらい羽目外しても。私が守ってあげますから」

 レイン様にもルキ様のことよろしくされてしまいましたし、とベルは楽しそうにつぶやく。

「……今日は、随分楽ができている」

 今日パーティー会場に着いてからを振り返り、ルキはそうもらす。
 令嬢達に声をかけられても上手くベルが対応してくれたし、ベルが隣にいるおかげであからさまに迫られることもなかった。

「ふふ、マダムのドレスに感謝ですねー」

 そうそうと言ってベルはルキに可愛いくラッピングされたチョコレートを渡す。

「スイーツもプチサイズで可愛いかったですよ。このチョコレートひとつずつ透明なフィルムで包んであってとってもオシャレに並んでました。甘いものでも食べて、残りの時間も乗り切りましょう?」

 いつもとは違いそう気遣ってくれるベルに感謝しつつ、婚約者がいるのも悪くないかもしれないとルキはそう思った。
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