結婚しないために婚約したのに、契約相手に懐かれた件について。〜契約満了後は速やかに婚約破棄願います〜

その6、伯爵令嬢とやきもち。

 前回のおさらい。
 "ハル"って誰だ?

 先日不可抗力でベルが酔ってしまった際に口にしたその名前が、ルキの頭から離れない。
 ベルに心底愛おしそうな顔をさせたその名前が誰のものなのかわからなくて、ざらついた気持ちのやり場を見つけられないまま、ルキはベルの部屋を訪れていた。

「なんですか、ルキ様。ひとの顔に穴でも開ける気ですか?」

 いつもならすぐに用件を切り出すルキが黙ったまま、じっと自分の事を見つめてくる。
 たまりかねたベルが、作業のついでのように淡々とそう聞くも、

「……いや、別に」

 と歯切れの悪い返事が返ってきた。

「はぁ、ルキ様。ビジネスに置いて報告・連絡・相談は基本です。察してちゃんなんて面倒臭いことしないで言いたいことがあればさっさと言ってくれます?」

 時間の無駄ですとベルはキッパリそう言い切る。ベルの言っていることは至極真っ当な事なのだが、仮にも契約とはいえ自分は彼女の婚約者なのだ。
 ハルと嬉しそうに呼んだときのベルの顔がチラついて、婚約者(おれ)に対してつれなさすぎないか? とルキは思わずにはいられない。
 そして疑問はぐるぐる渦を巻く。ハルって誰だよ、と。
 聞いてしまえば楽になるのに、ベルの口から聞きたくない気がして何故か躊躇う。

「…………何してるんだ?」

 そうしてようやく出てきた言葉は、当たり障りのないものだった。

「聞きたい事はそれじゃなさそうですけど、まぁいいです。今度王立学園で卒業生として講話をするんです。恩師に頼まれまして」

「ああ、あったなそういうの。昔やったことがある」

「ふふ、昔って、まだそこまで前でもないでしょ?」

 ベルはルキの学生時代を想像し、クスッと笑う。きっと彼の周りは今と変わらず騒がしかった事だろう。

「正直、何を話してあげればこれから先進路を決める子たちのためになるのか、分からなくて。ルキ様はどんなお話しました?」

 ふと、聞いてみたくなりベルは講話の内容を尋ねてみたが、

「当たり障りない話。大半の人間は聞いてなかったと思う」

 とルキからはため息混じりにつまらなそうな返事が返ってきた。

「えー勿体無い。普段はともかく仕事モードのルキ様のお話はためになるものが多いのに」

「ベル、褒めてんの? それとも貶してんの? どっちだよ」

「事実を述べているだけです。現にこうしてヒトの部屋でうじうじと。聞いて欲しい事があるなら聞いてあげますからさっさと言えばいいのに。時間は有限ですよ」

 この前からどうにも様子のおかしいルキの態度にいい加減嫌気がさしてきたベルは、スパッとどうぞと促す。

「……君は本当男前だな」

 そんなベルに苦笑しつつ、ルキはベルのその性格に羨ましさと好ましさを感じる。

「褒め言葉として受け取っておきます」

 ふふっと得意げに笑ったベルを見ながら、

「本契約に、進めたいと思って」

 と、気になることは置いておいて今日の本題を切り出すことにした。
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