結婚しないために婚約したのに、契約相手に懐かれた件について。〜契約満了後は速やかに婚約破棄願います〜
「と、まぁ私には私の事情があるわけですよ」

 ベルの語りにポカーンと置いてけぼり状態だった次期公爵は一通り聞いて喉で笑い、なるほどとつぶやく。
 確かに目の前に座る彼女からは、今まで自分が向けられて来たねっとりと張り付くような鬱陶しい好意という名の害意が一切感じられない。

「ところで、次期公爵様。私、本日のお見合いより大変気になっていることがあるのですけど、その紅茶飲まないおつもりで?」

 一口も飲まれることなく冷めてしまった紅茶。ベルはそれを指でさして次期公爵に尋ねる。

「冷めたな。新しいものを淹れさせよう」

 次期公爵は当たり前のようにそういい、メイドを呼ぶベルを鳴らす。

「飲まないなら、頂いても?」

「君の分も新しいのを用意するが」

「いいえ、私はこの紅茶が良いのです」

 次期公爵に断ってから自分の手元に紅茶を引き寄せたベルは、テーブルに用意してあったミルクを投入してくるくる混ぜると綺麗な所作で一口味を確かめ、幸せそうに笑う。

(流石お義姉様が選んだ紅茶だわ。ミルクティーにしても美味しい)

 あまりに美味しそうに飲むベルの笑顔に惹かれ、濃紺の瞳は思わず丸くなる。

「次期公爵様、質問してもよろしいですか?」

「ああ、構わないが」

 すっかりベルのペースにハマってしまった次期公爵はニコッと笑うベルにそう答える。

「そのペン、それにタイピンとこのカップは普段からこの公爵家で使われているものですか?」

「ああ、そうだが。それがどうかしたか?」

 ベルからの質問の意図がわからないと眉を顰める様子から、どうやら見合い相手に気を遣ったわけではなく本当に普段使いらしいと判断したベルは、心の中で我がクロネコ商会のご利用並びにお買い上げありがとうございます♪とつぶやいて微笑む。

「次の質問です。次期公爵様は普段からこの紅茶をお飲みになるのですか? そして、飲食物は冷めたら捨てる派ですか?」

「だからそれが、どうだと」

 言うのだ、と次期公爵が言い切る前に紅茶を飲み切ってわざと音を立ててカップを置いたベルは、

「私、食べ物を粗末にする人が一番嫌いです。安心しました。私があなたを好きになることは無さそうです」

 と淡々とそう言い切った。

「そんなわけで、次期公爵様。私と契約しませんか?」

 そんな言葉と共に、ベルは本日のお見合いという名の商談を締め括った。
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