結婚しないために婚約したのに、契約相手に懐かれた件について。〜契約満了後は速やかに婚約破棄願います〜
「うわぁ、こんな席私初めてです」
劇場で案内された場所は、広めの個室になっていてふかふかの大きな椅子が2つ置かれていた。
椅子の側にはテーブルが置いてあり、オペラグラスやブランケット、飲み物とお菓子などもセッティングされている。
全部自由に使っていいと聞き、ベルはこんなところで演劇を観るなんて、この先きっと一生ないなと満喫する事に決めた。
「こっちの方が無駄に絡まれることなく過ごせると思って」
席的には遠いけどと最前列での鑑賞より、快適さを優先させたルキに改めてお礼を言ったベルは、
「楽しみ」
とワクワクが抑えきれない顔でそう言って笑った。
こんなに喜んでもらえるなら連れて来てよかったと思うルキに、
「でも意外です。ルキ様こういう話嫌いだと思ってたので」
とベルは話しかける。
「実は内容知らないんだよね。今1番話題っておススメされたやつ取っただけだから」
観劇自体実は興味なくてとルキはそう言って、
「ベルは内容知ってるの?」
と尋ねる。
「原作読んでるので。オリジナルの演出入ってるらしいので、舞台の内容は完全には知りませんけど」
とネタバレにならないように内容には触れずにそう言った。
母親の事を苦々しく語ったルキの顔を思い出して、一瞬大丈夫だろうか? と頭をよぎったがフィクションだしと思い直して言葉を噤む。
場内にブザーがなるとともに一斉に暗くなり、幕が上がった。
舞台の上はキラキラした世界だった。
ベルは華やかな舞台衣装とともに役者のリアリティ溢れる演技と舞台の内容に夢中になって見ていたのだが、後半部に入ってすぐ隣から発せられた小さな呻き声に現実に引き戻されて、舞台から隣に視線を移す。
「……ルキ様?」
「ごめん、ちょっと席外す」
暗がりでルキの表情は見えなかったが、口元を抑えた彼は明らかに不調そうだった。
舞台の音が微かにしか聞こえないロビーの椅子に腰掛けたルキは込み上げてくる吐き気に内容くらい確認すべきだったと後悔しながら耐えていた。
自分でも情けないとは思う。
でも、略奪モノの恋愛ストーリーをあたかもそれが真実の美しい愛であるかのように描かれていたその内容がどうしてもルキには受け入れられなかった。
『あの人が全てなの』
忘れたはずの母親の甘ったるい声が耳に響く。
『今度こそ、真実の愛を見つけたの。私は幸せになりたいのよ』
母は美しい人だった。そしてその長く細い指をルキのあごに当てて、
『ルキ、愛しているわ。だから許してくれるわよね?』
この人の口から語られる度"愛"とはなんて便利な言葉なんだろうかと、何度となく思った。
『大好きよ、ルキ。あなた顔だけは、私に似て美しいもの』
だと言うのなら、ルキにとってこんな容姿は呪いでしかない。
自分から振り払ってしまいたかったのに、自分を抱きしめる母親が去っていくのが怖くて、ただただシルヴィアの泣き声を聞きながら立ち尽すことしかできなかった。
劇場で案内された場所は、広めの個室になっていてふかふかの大きな椅子が2つ置かれていた。
椅子の側にはテーブルが置いてあり、オペラグラスやブランケット、飲み物とお菓子などもセッティングされている。
全部自由に使っていいと聞き、ベルはこんなところで演劇を観るなんて、この先きっと一生ないなと満喫する事に決めた。
「こっちの方が無駄に絡まれることなく過ごせると思って」
席的には遠いけどと最前列での鑑賞より、快適さを優先させたルキに改めてお礼を言ったベルは、
「楽しみ」
とワクワクが抑えきれない顔でそう言って笑った。
こんなに喜んでもらえるなら連れて来てよかったと思うルキに、
「でも意外です。ルキ様こういう話嫌いだと思ってたので」
とベルは話しかける。
「実は内容知らないんだよね。今1番話題っておススメされたやつ取っただけだから」
観劇自体実は興味なくてとルキはそう言って、
「ベルは内容知ってるの?」
と尋ねる。
「原作読んでるので。オリジナルの演出入ってるらしいので、舞台の内容は完全には知りませんけど」
とネタバレにならないように内容には触れずにそう言った。
母親の事を苦々しく語ったルキの顔を思い出して、一瞬大丈夫だろうか? と頭をよぎったがフィクションだしと思い直して言葉を噤む。
場内にブザーがなるとともに一斉に暗くなり、幕が上がった。
舞台の上はキラキラした世界だった。
ベルは華やかな舞台衣装とともに役者のリアリティ溢れる演技と舞台の内容に夢中になって見ていたのだが、後半部に入ってすぐ隣から発せられた小さな呻き声に現実に引き戻されて、舞台から隣に視線を移す。
「……ルキ様?」
「ごめん、ちょっと席外す」
暗がりでルキの表情は見えなかったが、口元を抑えた彼は明らかに不調そうだった。
舞台の音が微かにしか聞こえないロビーの椅子に腰掛けたルキは込み上げてくる吐き気に内容くらい確認すべきだったと後悔しながら耐えていた。
自分でも情けないとは思う。
でも、略奪モノの恋愛ストーリーをあたかもそれが真実の美しい愛であるかのように描かれていたその内容がどうしてもルキには受け入れられなかった。
『あの人が全てなの』
忘れたはずの母親の甘ったるい声が耳に響く。
『今度こそ、真実の愛を見つけたの。私は幸せになりたいのよ』
母は美しい人だった。そしてその長く細い指をルキのあごに当てて、
『ルキ、愛しているわ。だから許してくれるわよね?』
この人の口から語られる度"愛"とはなんて便利な言葉なんだろうかと、何度となく思った。
『大好きよ、ルキ。あなた顔だけは、私に似て美しいもの』
だと言うのなら、ルキにとってこんな容姿は呪いでしかない。
自分から振り払ってしまいたかったのに、自分を抱きしめる母親が去っていくのが怖くて、ただただシルヴィアの泣き声を聞きながら立ち尽すことしかできなかった。