結婚しないために婚約したのに、契約相手に懐かれた件について。〜契約満了後は速やかに婚約破棄願います〜
「おーすごくいい出来じゃないですか!」

 ルキ作の出来上がった応援うちわを手にベルは感嘆の声を上げる。

「工作なんて、子どものとき以来だよ」

 やり切った達成感を感じつつ、ルキは成果物を見つめ、

「ところでベル、うちわに書かされたコレはどういう意味?」

 と首を傾げる。
 何を書けばいいか分からないと言ったルキにベルが書かせたのは『バーンして!』と『壁ドン♡』だった。

「ルキ様が一生使う事のないセリフでしょうか?」

 天上人はこんな言葉使わないどころかそもそも知らないかと不思議そうにうちわを見るルキを見て、ベルは楽しそうにクスクス笑う。

「はぁ、何それ。俺これだけ時間かけて何作ったわけ?」

 教えてくれないベルに不服そうに眉根を寄せるルキを見て、ベルは唐突にルキの事を揶揄いたくなる。

「自分で調べれば、と言いたいところですが
そうですね、せっかく作ったうちわの使い所も分からないのは可哀想なので特別サービスです」

 そう言ったベルは、指で銃の形を作り、

「バーンして! は"私のハートを撃ち抜いて"って言う意味です」

 小首を傾げてバーンっとルキに向かって撃つ動作をする。
 ふふっと揶揄うような色をしたアクアマリンの瞳を見て、驚いたように目を瞬かせたルキに、くるっとうちわの反対を向け『壁ドン♡』を出したベルは、ニヤニヤしながらルキににじり寄る。

「え、ちょっ……何?」

 近寄ってくるベルに驚きながら後ろに下がったルキは、あっという間に壁際に追い詰められた。
 ふっと意地悪く口角を上げたベルが片手をあげドンっとルキの耳辺りの壁を勢いよく叩き、同時にルキの襟首辺りを掴んで自分の方を向かせる。
 ルキの驚いた濃紺の瞳とベルの挑発するような視線が近い位置で絡む。

「"俺のモノになれよ、ルキ"」

 少し見つめ合ったあとにベルはやや低めの声でそう言った。
 見上げているはずの視線なのに、何故か見下ろされているような錯覚を覚えつつ、ベルの行動に驚いて言葉が出ないルキに、

「ふ、あははは、すっごい顔。コレがいわゆる壁ドンって奴です」

 あーおっかしいとベルは表情を崩して笑い出す。
 壁ドン成功っといつもの口調で爆笑するベルを見て、

「ベ〜ル〜っ!!」

 ルキは腹立たし気にベルを呼ぶ。

「ふふ、あははは、だって、ルキ様がっ……ふふっ、知りたいって言ったんじゃないですかっ」

 よっぽどツボに入ったらしいベルが、だってめちゃくちゃ驚いてるんだもんと涙目になりながらなお笑う。

「大体俺って何!?」

「あーだいたい男性がやるんですよ壁ドン。最近逆パターンもアリらしいですけど」

 一通り笑って落ち着いたベルがルキに解説する。

「流行りの恋愛小説とかに出てくるんですけど、ドS系イケメンの強引さに世の女子はときめくらしいです」

 ね、ルキ様は使わないでしょ? っとベルは揶揄うようにそう締め括った。

「えーただの威嚇行為じゃないか」

 下手したら捕まると思うんだけどと真面目な回答をするルキにクスッと笑ったベルは、

「まぁ、現実世界でやったら問題アリ……ですけど、ときめく気持ちもわかりますよー。ただしイケメン……っていうか、好きな相手に限る、ですけど」

 とそう言う。

「……ベルでも?」

「でも、って言う言い方が非常に気にはなりますけど、ギャップに弱いは女の子ならあるあるですよ。多分」

 普段しない仕草にドキっとしたりとか! とベルがルキに説明するとルキは顎と唇に指をあて考え込むようにうーんと首を傾げ、さっきのベルの動作を思い出す。
 確かにバンっと撃つ仕草は可愛かったし、壁ドンは問題行動だが、ルキとベルに呼び捨てにされたのは嫌ではなかった。というか、敬語でないベルが非常に新鮮だったなとルキは思う。
 黙り込んでしまったルキに、

「あのぅ、ルキ様? お遊びでそんなに悩まなくても……なんか、熟考されるほど悩まれるといたたまれない」

 とベルが声をかけたことでルキの思考は中断される。
 揶揄うつもりでやったのに大火傷じゃないですかっとベルは顔を覆って恥ずかしそうにそう漏らす。
 そんなベルを見て、結果アリだなとルキは結論づけた。

「……うぅ、今回は失敗しましたけど! いつか好きな方でもできたらルキ様もやってみたらいいですよ。ルキ様相手ならお相手の方喜ぶんじゃないですか?」

 将来相手ができた時のために練習しときます? とベルは冗談混じりにそう勧める。
 おかしそうに笑うベルを見ながらまただ、とルキは思う。
 先月のベルの誕生日以降、積極的とまではいかないが度々ベルは他に目を向けるように勧めてくる。

 ベルは賢い。こんな風に揶揄ってきてもけして相手が不快に思う距離には入ってこない。自分から距離を詰める事をしないのに、それが少しだけ寂しい、なんて勝手な言い分だと、ルキは自分に苦笑した。
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