結婚しないために婚約したのに、契約相手に懐かれた件について。〜契約満了後は速やかに婚約破棄願います〜
その11、伯爵令嬢と子守唄。
契約満了まであと5ヶ月。
ベルを手放したくないとそう思ってしまってから、ルキは度々悪夢を見るようになった。
『愛してるわ、ルキ』
自分によく似たその人にそう言われる度に、子どもの自分は何も言えずに立ち尽くす。
『だから、ルキ。アナタもママを愛してくれるでしょう?』
その人の口から愛を語られるたび、無償の愛など存在しないのだと思い知る。
『愛してるのだから、何をしても許されるのよ』
それが正しくないと分かっているけれど、では"愛"とは何なのかと聞かれても目に見えないそれを的確に定義づけることがルキにはできない。
悪夢だと分かっているその夢の終わりは、出て行った時のその人の姿で、いつもルキに同じ事を問いかける。
『ねぇルキ、アナタの思うソレは本当に"愛"なのかしら?』
とても綺麗な顔で微笑んで。
『本当の意味で愛された事のないアナタに、どうして誰かを愛せるのかしら?』
そんな事を口にする。
実際にその人にそんな事を言われた事はないのだから、きっとコレは自分が作った虚像なのだろう。
だが、その問いに答えられないまま目が覚めたルキは、上手く眠れないまま今日も朝を迎えた。
********
「どうしたの、ベル?」
まるで品定めでもするかのようなベルからの視線に耐えかねたルキが、ベルにそう尋ねる。
「……いえ、なんでもない…………とは正直言い難いのですが」
どう言葉にするのが適切なのか悩んだベルは、んーと首を傾げ、
「ルキ様、何か変なものでも食べました? もしくはどこかに頭でもぶつけてきました?」
お医者様手配しましょうか? と心配そうにそう聞いた。
「相変わらずベルの物言いは失礼だな。いたって健康だよ」
特に変なものは食べてないかなとクスッと笑ったルキは、ベルに促されることなく出されたサラダを黙って食べる。
それだけじゃない。今日の夕食のメニューだってベルが把握しているだけでルキの苦手なものが少なくとも3つはあったはずだ。
だというのに好き嫌いの多いルキが出された皿に対して文句の一つも述べずに、全て嫌がることなくきれいに食べている。
「野菜、残さなくなりましたね」
いや、ルキは元々文句は言っていなかった。ただ手をつけないだけで。そして残すことに対して口煩く文句を言っていたのは自分かとベルは思い直す。
ルキの事をなおもじーっと見ていると、
「ふふ、ベルったら。お兄様のことじっと見つめちゃって」
シルヴィアから指摘が入る。
お兄様がカッコいいのは分かりますけど、そんな熱視線見ているこちらが恥ずかしくなりますわと笑うシルヴィアに対して、ベルは苦笑気味に失礼しましたと視線を伏せた。
ルキの様子が明らかにおかしい。
多分、誕生日に2人で出かけたあとから。ルキのこの変化は一体なんなのだろうと首を傾げながらベルはランニングシューズに履き替える。
屋敷を出ようとしたところで、
「ベル、今から走りに行くの?」
とルキに捕まった。
「……ええ、そうですけど」
「一緒について行っていい?」
「かまいませんが……置いていきますよ?」
私、自分のペースで走るのでと言ったベルに、
「うん。いいよ、俺も自分のペースで走るから」
体力ミジンコって言われたから、ちょっと運動したくってとルキはそう言って嬉しそうに笑う。
少し待っていてと準備をしに踵を返して足早にかけていったルキの背中を見送りながらベルは思う。
「……やっぱり、ルキ様がおかしい」
この心境の変化は何なのだろうとベルの疑問は深まるばかりだった。
一つ一つは些細な事なのだが、ルキが明らかに変わった。
特に食関係の改善は目覚ましい。嫌いな野菜も頑張って食べているし、食わず嫌いの多かったルキが見た事のないものでも中身を聞いて最低でもひと口は口にするようになった。
あれだけ仕事に全振りで、帰りの遅かったルキが必ず夕食の席に着くようになったし、兄としてシルヴィアとの時間も意識的に取るようにしているようだ。
そしてなぜか自分にやたらと構いにくる。
元々ルキに外を走る習慣などなく、屋敷内にトレーニングルームがあるので運動したければそちらで事足りるはずなのに、だ。
だというのに無理矢理用事を作ってでもわざわざ自分に会いに来る。
"苦手の克服"のための努力。それは一見いい変化のように見えるが。
「無理したって、続かないのに」
これは、いい兆候とは言えないなとベルはルキのここ最近の様子を思い出しながら結論づける。
何が彼をそうさせるのか、契約婚約者という他人がどこまでこの問題に踏み込んでもいいのか、ベルは頭を悩ませながら戻ってきたルキに、
「ルキ様、自分のペースでいいですからね」
無理をして倒れたり怪我したら意味ないですから、とベルは声をかける。
「ん? そのつもりだけど」
ふわっと笑ったルキを見ながらベルはこっそりため息をつく。
ああ、この無自覚さんには全く通じそうにない、と。
ベルを手放したくないとそう思ってしまってから、ルキは度々悪夢を見るようになった。
『愛してるわ、ルキ』
自分によく似たその人にそう言われる度に、子どもの自分は何も言えずに立ち尽くす。
『だから、ルキ。アナタもママを愛してくれるでしょう?』
その人の口から愛を語られるたび、無償の愛など存在しないのだと思い知る。
『愛してるのだから、何をしても許されるのよ』
それが正しくないと分かっているけれど、では"愛"とは何なのかと聞かれても目に見えないそれを的確に定義づけることがルキにはできない。
悪夢だと分かっているその夢の終わりは、出て行った時のその人の姿で、いつもルキに同じ事を問いかける。
『ねぇルキ、アナタの思うソレは本当に"愛"なのかしら?』
とても綺麗な顔で微笑んで。
『本当の意味で愛された事のないアナタに、どうして誰かを愛せるのかしら?』
そんな事を口にする。
実際にその人にそんな事を言われた事はないのだから、きっとコレは自分が作った虚像なのだろう。
だが、その問いに答えられないまま目が覚めたルキは、上手く眠れないまま今日も朝を迎えた。
********
「どうしたの、ベル?」
まるで品定めでもするかのようなベルからの視線に耐えかねたルキが、ベルにそう尋ねる。
「……いえ、なんでもない…………とは正直言い難いのですが」
どう言葉にするのが適切なのか悩んだベルは、んーと首を傾げ、
「ルキ様、何か変なものでも食べました? もしくはどこかに頭でもぶつけてきました?」
お医者様手配しましょうか? と心配そうにそう聞いた。
「相変わらずベルの物言いは失礼だな。いたって健康だよ」
特に変なものは食べてないかなとクスッと笑ったルキは、ベルに促されることなく出されたサラダを黙って食べる。
それだけじゃない。今日の夕食のメニューだってベルが把握しているだけでルキの苦手なものが少なくとも3つはあったはずだ。
だというのに好き嫌いの多いルキが出された皿に対して文句の一つも述べずに、全て嫌がることなくきれいに食べている。
「野菜、残さなくなりましたね」
いや、ルキは元々文句は言っていなかった。ただ手をつけないだけで。そして残すことに対して口煩く文句を言っていたのは自分かとベルは思い直す。
ルキの事をなおもじーっと見ていると、
「ふふ、ベルったら。お兄様のことじっと見つめちゃって」
シルヴィアから指摘が入る。
お兄様がカッコいいのは分かりますけど、そんな熱視線見ているこちらが恥ずかしくなりますわと笑うシルヴィアに対して、ベルは苦笑気味に失礼しましたと視線を伏せた。
ルキの様子が明らかにおかしい。
多分、誕生日に2人で出かけたあとから。ルキのこの変化は一体なんなのだろうと首を傾げながらベルはランニングシューズに履き替える。
屋敷を出ようとしたところで、
「ベル、今から走りに行くの?」
とルキに捕まった。
「……ええ、そうですけど」
「一緒について行っていい?」
「かまいませんが……置いていきますよ?」
私、自分のペースで走るのでと言ったベルに、
「うん。いいよ、俺も自分のペースで走るから」
体力ミジンコって言われたから、ちょっと運動したくってとルキはそう言って嬉しそうに笑う。
少し待っていてと準備をしに踵を返して足早にかけていったルキの背中を見送りながらベルは思う。
「……やっぱり、ルキ様がおかしい」
この心境の変化は何なのだろうとベルの疑問は深まるばかりだった。
一つ一つは些細な事なのだが、ルキが明らかに変わった。
特に食関係の改善は目覚ましい。嫌いな野菜も頑張って食べているし、食わず嫌いの多かったルキが見た事のないものでも中身を聞いて最低でもひと口は口にするようになった。
あれだけ仕事に全振りで、帰りの遅かったルキが必ず夕食の席に着くようになったし、兄としてシルヴィアとの時間も意識的に取るようにしているようだ。
そしてなぜか自分にやたらと構いにくる。
元々ルキに外を走る習慣などなく、屋敷内にトレーニングルームがあるので運動したければそちらで事足りるはずなのに、だ。
だというのに無理矢理用事を作ってでもわざわざ自分に会いに来る。
"苦手の克服"のための努力。それは一見いい変化のように見えるが。
「無理したって、続かないのに」
これは、いい兆候とは言えないなとベルはルキのここ最近の様子を思い出しながら結論づける。
何が彼をそうさせるのか、契約婚約者という他人がどこまでこの問題に踏み込んでもいいのか、ベルは頭を悩ませながら戻ってきたルキに、
「ルキ様、自分のペースでいいですからね」
無理をして倒れたり怪我したら意味ないですから、とベルは声をかける。
「ん? そのつもりだけど」
ふわっと笑ったルキを見ながらベルはこっそりため息をつく。
ああ、この無自覚さんには全く通じそうにない、と。