結婚しないために婚約したのに、契約相手に懐かれた件について。〜契約満了後は速やかに婚約破棄願います〜
「……ベルちゃんは、血筋は何よりも重んじられるモノだと思うかい?」

「さぁ、天の上の人の思考なんて私は知らないわ。でもこの国はそのシステムで動いている。現在進行形でね」

 この国は王政を取っていて、領地を治める貴族たちも皆国に倣って世襲制を取っている。

「そして、公爵家は血筋をどの貴族より重んじる」

 王家の血がはいっているんだもん、当然よねとベルはこの国の現状を口にする。

「一概に括られるなんて悲しいなぁー」

「……ヴィンセント様みたいな人の方が稀なんだって」

「おや、昔みたいに"おじいちゃん"とか"ヴィンさん"って呼んでくれないのかい?」

 悲しいなぁー、呼んで欲しいなぁーと駄々をこねる老紳士相手にベルは苦笑し、一時一緒に暮らしていた時の事を思い出す。
 あの時はまだ自分は子どもで、この人の身分なんて知らずに本当に無遠慮に接していた。
 だが、もう自分は何も知らない子どもではないのだ。

「少なくとも、ブルーノ公爵はそうでしょ? お兄様の事は気に入っているし、可能なら配下に置きたいけど、貴族の庶子……と言うか貴族の血を引いているかどうかも疑わしい私の事は排除したいって思ってる」

 そんな人を相手に、大事な公爵家の後継者の婚約者に一時とはいえ自分を置く事をよく呑ませたものだと、現役を退いて随分経つのに未だに強い力と影響力を持つヴィンセントを見ながらベルは思う。

「知っていたか。ベルちゃんの外交省入りに難癖をつけたのが、ウチのバカ息子だって」

 すまないねぇと肩をすくめたヴィンセントに、

「……別に私はいいんだけどね、慣れてるから」

 そもそも外交省に入る気なかったし、とベルは首を振る。

「でもさ、ルキ様に言うのはやめてよね。あの人、優しいから。多分、私のために怒って無駄に傷つくから」

 ルキは優しすぎる、とベルは思う。その高い身分に合うくらい貴族らしくもう少し横柄な態度を取ったって許されるだろうに、彼はそうしない。
 そして、素直で少しだけ心が弱いヒトなのだ。

「おや、ルキはベルちゃんのお眼鏡にかなったかな?」

「……少なくとも、人としては嫌いじゃない。だから、協力はするけどね。でも、それだけだよ」

 ベルは、自分に言い聞かせるようにつぶやく。

「風除けがいて、取り巻きの女の子に煩わされる事なくまともに社交界で立ち回れたら、ルキ様はすぐにでも公爵家の後継者としての地位を盤石にできるよ。そうしたら、私なんてあっという間にお役御免ね」

 そして契約婚約者との婚約を解消し、彼はきっとその横に立つのに相応しい身分と教養を兼ね備えた上流階級のお嬢様と結ばれるのだ。

「このままルキを手懐けて公爵夫人の座に収まろうとしないあたりがベルちゃんらしいな」

 そうしてくれてもいいんだけど、といったヴィンセントに、

「普通に考えて、まともな貴族令嬢ですらない、そういった教育も受けてない私が公爵夫人になんてなれるわけないでしょ。これでも、分はわきまえてるの」

 ベルはキッパリと断りを入れる。
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