結婚しないために婚約したのに、契約相手に懐かれた件について。〜契約満了後は速やかに婚約破棄願います〜
「私、ヴィンさんには本当に感謝してる。今、私がこうして日の当たるところに居られるのはヴィンさんのおかげだもん」

 ベルはルキと同じ色味をしたヴィンセントの濃紺の瞳をじっと見て、

「ヴィンさん頼みだから"風除けの婚約者"を引き受けただけだし、ただの契約婚約者が踏み込むのはお節介が過ぎるのは分かってるんだけど」

 ベルはここ最近のルキの様子を思い出してきゅっと唇を噛む。

「ルキ様が心配、なの。なんだか、昔の自分を見ているようで。頑張り過ぎて、潰れちゃわないか、すごく……すごく心配なの」
 
 助けてください、と素直に頭を下げるベルを見て、

「やっぱり、君にルキを預けて正解だったよ」

 とヴィンセントは微笑んだ。

「私が命を狙われて身分を隠して高飛びしている間、ブルーノ公爵家の内情はめちゃくちゃだったからなぁ」

 まぁ、母親だけでなく、父親側にも問題はあったんだがと苦笑したヴィンセントは、

「当時多感な年頃だったルキは、多分抱えきれないくらい傷ついたまま、ずっとそこから目を逸らしてる。誰も適切にルキの心のケアをしなかったからね」

 そう言って、申し訳なさそうに目を伏せた。

「ルキの話を聞いてやってくれないか?」

「私、カウンセラーでもルキ様のお母さんでもないんだけど」

 そういうのは家族の方がいいんじゃないの? とベルはヴィンセントに問いかける。今日わざわざヴィンセントを呼び立てたのだって、家族としてルキと話して欲しくて、その相談をするつもりだったのに。
 困った顔をしたベルに、

「家族じゃ、ダメな時もあるんだよ」

 優しげに笑ったヴィンセントは、頼むよとベルにそう言った。
 ベルは少し考えて、悩ましい表情で頷く。

「じゃあ、代わりに1個だけ、お願いしていい?」

 ベルはヴィンセントにそう願い出る。

「なんだい?」

「貴族の結婚は義務で家や領地を守らなきゃいけないのは分かってる。ヴィンさんや公爵様が選ぶなら、文句のつけられない優秀な人なんだろうけど、でもできたら最後はルキ様に選ばせてあげてよ。ルキ様が、これから先の人生を共にする相手なんだから」

 どうせ、公爵夫人の候補は何人かいるんでしょ? とアクアマリンの瞳はそう言って笑う。

「この人"で"いいじゃなくて、この人"が"いいって、ルキ様が思う相手と一緒にいて欲しいと思う。きっと、その方が素敵な家庭を築けると思うわ」

 自分が彼に関われるのはあと5ヶ月。その後道が別れたら、あとは祈ることしかできない。

「ちなみに、ベルちゃんはルキと家庭を持つ事を考えてはくれないのかい?」

 未来の公爵夫人の座はまだ空いているよとニヤニヤ笑うヴィンセントに、

「私は自分で稼ぎたいの! 上流階級の貴族の妻なんて専業主婦確定じゃない。絶対無理」

 ベルは知ってるくせに、と強めに言った。

「これから先の貴族のあり方なんて分からないよ。ルキも、ベルちゃんもまだ若いんだから」

 そう言ってヴィンセントは残りのコーヒーを飲み干した。
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