結婚しないために婚約したのに、契約相手に懐かれた件について。〜契約満了後は速やかに婚約破棄願います〜
「……どうして、俺に今それを教えてくれたの?」

 ベルと過ごした時間も彼女との距離の心地よさも全部演技だったのだろうかと思う一方で、自分が見てきたベルを信じたい気持ちもあって、ルキは複雑な思いを抱えたまま素直にベルに問いかける。

「あなたが、とても苦しそうに見えたから」

 手を止めたベルが心配そうにルキを見上げ、視線が絡まる。

「信じられない相手に、気持ちなんて打ち明けられないでしょ? だから、先に私の隠し事を話しておきたくて」

「お祖父様からの恩って言うのは?」

「知りたかったら、教えますけど。でもできたらここじゃなくて、ストラル伯爵領に一緒に行ってくれます?」

 そこでならお話しますとベルはじっと見てくる濃紺の瞳に約束する。

「兄がね、よく言うんです。寝て食べたら大抵の悩みは解決するって」

「何その雑なアドバイス」

「でも結構真理だと思うんですよ。ぐっすり眠れて、食べられる間はまぁ何とかなるかなって」

 ふふっと思い出すように楽しげに笑ったベルは、ルキの反対の手を取りハンドマッサージを再開する。

「ねぇ、ルキ様。何か言いたい事とか、溜め込んでる事とか、話したいことあれば聞きますよ」

 言いたくなければ無理にとは言いませんけどと言って、

「ルキ様の気持ちは、言ってくれないと分からないです。ヒトに話せば少しはすっきりするかもしれないし、話してくれたら私でも何かお力になれるかもしれないし」

 ベルは随分暖かくなった指先に手を重ねて、

「それでまぁ、少しでも楽になったら、とりあえず、しっかり寝ましょう。じゃないと、頭働かないじゃないですか」

 なので、安眠できそうなグッズいっぱい持って来てみましたとベルはドヤ顔でバッグを指す。

「……ちなみに、何持って来たの?」

「抱き枕に足枕でしょ、腹巻きと湯たんぽでしょ、足湯も有りかなって準備してきたし、肩マッサージ用に大きなタオルでしょ、あと簡易プラネタリウムとか」

「多い多い」

 全部試す気だったの? と苦笑しながらルキはベルはやっぱりベルだなと思う。
 風避け役をしてくれているのも、そのための婚約もベルに取っては祖父への恩返しの一環でしかないのかもしれない。
 だけど、彼女が今まで自分にしてくれた事も、向けられた優しさもやっぱり本物だと思う。
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