結婚しないために婚約したのに、契約相手に懐かれた件について。〜契約満了後は速やかに婚約破棄願います〜
「カッコ悪い話、してもいい?」

「カッコ悪い話でも気持ち悪い話でも聞きますよ」

「でもって笑うんだろ」

「お望みなら笑い飛ばしてあげます。"何だ、そんな事?"って」

 ベルはクスッと笑ってそう言ったが、ベルならきっと真剣に聞いてくれる。
 アクアマリンの瞳を見て、そう信じられたルキはゆっくり言葉を紡ぎ出した。

「……悪夢を見るんだ」

 それは、幾度となく繰り返し見た幻影の話。

「どうして、みんな簡単に誰かを"愛せる"のかな?」

 ルキは絞り出すような声で気持ちを言葉にする。

「その感情をどうやって判断するのかな?」

 ルキはベルのアクアマリンの瞳をじっと見る。

「俺には、その当たり前ができないんだ。どこか、俺は壊れているのかもしれない」

「どうして、そんな風に思ったんです?」

 ベルは優しくルキにそう尋ねる。
 ルキは少し躊躇って、

「ベルが、あと5ヶ月でいなくなるのが嫌なんだ。でも、この君に対する執着が、単にまた他の誰かと関係を構築しなきゃいけないのが嫌でそうなのか、ベルが去る事自体が嫌なのかが分からない」

 ひとつずつ、言葉を選ぶようにベルに伝える。

「多分、俺はベルが好きなんだけど、そもそもこの感情が友愛なのか親愛なのか恋情なのか、その区別すら俺にはつかない」

 自分に擦り寄ってくる令嬢達はいとも容易く『好きだ』と口にする。
 だが、一体自分のどこを見てそういう結論にいたったのか、ルキにはその感情が理解できず、みんなが持っている"当たり前"が手に入らない。

「俺はズルくて、情け無いんだけど、ベルが俺の事を好きになってくれたらいいのにって、思ったりもしたんだ。それなら、俺がこの感情に名前を付けられなくても、君がいなくなったりしないから」

 でも、それは責任の押し付けでしかないと言う事もルキは理解していた。

「ごめん、こんな半端な事を言われてもベルだって困るだけだろうに」

 どうしていいのか分からないと困ったような表情を浮かべるルキを見ながら、まるで迷子になった小さな子どもみたいだとベルは思う。

「……困りましたね」

 ベルが首を傾げてぽつりとそう言うと、

「ごめん、困らせる気は」

 慌ててさっきの言葉を取り消そうとルキが口を開こうとするより早く、

「私にも分かりません。どこで判断するものなんでしょうね」

 ベルの真剣な声が部屋に響いた。
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