侯爵閣下。私たちの白い結婚には妥協や歩み寄りはいっさいないのですね。それでしたら、あなた同様私も好きなようにさせていただきます
 いま、きこえるのは雨音とアールの息遣いだけ。

 もしかすると、自分の嗚咽かもしれない。

 もうこれ以上走ることが出来ない。体力の限界まで走った。

 気がつくと、どこにいるのかわからなくなっていた。

 つまり、迷子。

 いつの間にか雨はやんでいた。

「アール」

 自分のことだけでせいいっぱいだった。というか、自分のこともわからなくてひたすら走っていた。

 アールのことを思い出し、左すぐ後ろを見下ろした。

 彼は、ちゃんといた。

 どれだけ走ったかはわからないけれど、彼はずっとわたしについて走ってくれたのである。

「アール、ごめんね」

 前かがみになると、彼の頭部を抱きしめた。

 きれいな銀色の毛は、すっかり濡れぼそっている。

「クシュン」

 彼がくしゃみをした。

「クシュン」

 わたしも鼻がムズムズしてくしゃみが出てしまった。
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